第3話 己に如かざる者を友とするなかれ

 予想外の言葉に頭が真っ白になる。

 こいつはなにを言ってるんだ。

 その言葉を聞いて激烈な反応をした者がいる。

 李徴だ。

「どういうことだよ!ふざけるなよ!」

 静かな公園に怒声が響き渡る。

 そりゃそうだ、自分の彼女が浮気?していた事を問い詰めていたと思ったら、自分の友達に交際を申し入れたのだ。

 なにがなんだかわからない。

「性格も落ち着いていて優しそうですし、何より守ってくれそうな雰囲気が素敵ですね!簡単にいうと一目ぼれです!」

「なんでこいつなんだよ!わけわかんねえよ!俺は一体何なんだよ!」

 顔を真っ赤にして叫ぶ。

 そこでねねはちょっと思案するように視線を上に彷徨わせていたのだが、ぱっと笑顔を浮かべ、こう言った。



「あ、確かにこれじゃ二股になっちゃいますね!りっ君別れましょう!ごめんなさいね!」



 この女信じられねえ!

 なんだこいつ!

 いきなり彼氏を振ったぞ!?

「は!?え!?」

 当たり前だが李徴は混乱している。

「な・・・なんで!?好きって言ってくれたじゃないか!」

「あの時は好きだったんです!お金いっぱい持ってそうでしたし、優しそうでしたしね!でも今はもっと好きな人が出来たからお別れです・・・りっくんならきっと私よりいい人と出会えますよ!」

 にこにこした笑顔で言ってる。

 これは本気だ。

 口調は優しいのだが言ってることは全く優しくない。

 一切合切を切り捨てて、どうでもいいとさえ思ってる節がある。

 俺はこの女のことが全く理解できない。

 正直言って今まで会った人間の中で一番理解できない。

 言ってることは分かるのだが、それを行動に移す意図がわからない。

 ・・・いや・・・意図は分かる・・・俺のことが好きになったから、その障害になるものを切り捨てただけ・・・いや・・・普通の人間には多少はあるだろう情が感じられない・・・

 怖い、なんだこいつは・・・。


「そ、それでお返事は・・・どうでしょうか・・・?」

 元カレに対してはもうそれでもおしまいといった風にこちらを向き、顔を赤くして上目遣いにこちらを見てくる。

「ど、どうでしょうってお前・・・。」

「まだ俺の話はおわってねぇぞ!俺は絶対に別れないからな!ふざけんな!」

 李徴が叫びながらねねに掴みかかろうとした所、ねねが李徴の腕をつかみ軽くひねって転がした。

「げうっ!」

 李徴が背中をしたたかに打ち付け悶絶する。

 受け身を取れなくてもいいと言った乱暴なやり方だった。

 公園が土だったからよかったものの、アスファルトでやってたら大けがにつながりかねない危険な対応だ。

「りっ君が悪いんですよ?乱暴に掴みかかるなんて・・・危ないじゃないですかァ。」

 さっきと変わらぬ調子でぼやく。

 いささかの動揺も見られない、つまりこいつはいつもこんなことをやっている可能性が高い。

 見た目はいいがぶっちぎりでヤバイ女だ。

 なんでこんな女に捕まったんだ、俺の友達は。

「わ、悪いが俺は・・・」

 断りの言葉をひねり出そうとした所、俺の友達が地面に転がったまま叫び始めた。
















「こいつは高校中退の中卒のクズで、胸張って言えるような仕事もしてないカスだ!親父も高校生に手を出すようなクズで、捕まって今は行方知らずなんだぞ!!そんなやつの血を引いてるからこいつもカスに違いない!実家も貧乏で何もかも俺以下なんだぞ!なんでそいつなんだよ!!!」


 ガツンと脳が揺れた気がした。 

 何を言われたのか一瞬理解できなかった。

 ぐらりと視界が揺れる。

 気付いたら膝をついていた。

「・・・お前・・・そんなふうに思ってたのか・・・。」

 震える声で絞り出した。

「あったりまえだろ!」

 李徴は自棄になったように大声でつづけた。

「高校の時のお前はみんなの人気者で何でもできて!俺が持ってないもの全部持ってただろ!名声も!人望も!かわいい幼馴染も!全部だ!何も持ってない俺の気持ちがわかるか!?すべてに恵まれてるお前をそばで見ていた人間の気持ちがわかるか!?」

「もう全部なくしたよ・・・。」

 もう友達お前しか残ってないはずだった。

 視界がゆがむ。

 ふらふらと立ち上がりながら俺を嘲るような声で李徴が言う。

「ざまぁねぇな!将来を嘱望されたエリートさまが今は底辺だぜ!今は俺が上!お前は下だ!お前のオトモダチに色々吹き込んだらコロッと信じてくれたよ!ばーか!」

「嘘だよな・・・?」

 あぁ・・・ダメだ・・・これ以上聞いちゃいけない・・・これ以上は耐えられない。

 家族が壊れたときにも流さなかった涙が零れる。

「お前は俺のことを友達と思ってたみたいだが、俺は一度も友達なんて思ったことはなかったぜ、ひひっ。」

 狂ったように笑う李徴。


「あああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 耳を覆う。

 最後に残ったと思っていたともだちが幻だったと否が応でも理解できてしまった。

 俺にはもう何も残っていなかったのだ。

 全ては幻であり夢であったのだ。



「あぁ・・・なんてかわいそうな人なの・・・。」

 後ろから誰かに抱きしめられる。

「大丈夫、これからは私が一緒にいてあげます。ずっと一緒です。体も心も強いのに、どうしようもなく脆い人。」

 全ての原因ねねが耳元で囁く。

 こいつが余計なことをしなければこうはならなかった!

 怒りで沸騰しそうになったが、李徴の言うことが本当ならいずれ破綻した関係だったのだろう。

 怒りに身を任せれば楽になるだろうが、冷静な自分の理性がそれは八つ当たりに過ぎないと押しとどめる。

「いいんですよ、八つ当たりしても。私は受け入れます。」

 間近でねねと目があった。

 慈悲深い表情だが、狂気が見える澱んだ瞳。

 あぁ・・・やっぱりこいつはロクでもないやつだ。


「・・・もういい!クズはクズ同士サカってろ!!」


 最後にやつは吐き捨ててふらふらと公園を出て行った。


「やっと落ち着いてお話ができますねえ・・・強くて強くて強くて、弱い・・・すてきなすてきなあなた様?」

 そう言って笑うねねの顔はどうしようもなくきれいだった。


──────────────────────────────────────

多分次で終わりです。

俺の作品の女、ロクな奴いねぇな・・・。

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