貨物列車の旅

 仲間たちといつも話をしていた。

 私たちが収穫される日のことを。

 その日は、私たちがこの暗い地中から、明るい外に出られる日だからだ。

 地面の中を好む奴は多いが、私は外に出たかった。

 この暗い地面の中にいても、見えるのは土ばかり。

 たまに虫やら地面の中で暮らす生き物に会えるものの、そいつらは私たちと交流するつもりはない。

 食べようとする者ばかりだ。

 だから、私は広い世界を自分で確かめたかった。

 外を知らない者同士で話しても、広がる話題は所詮空想でしかない。

 どんどん大きくなる自分の体を感じながら、私は収穫の日を待ちわびていた。


 そして、地響きの音で目が覚めた。

 いつもは人の足音がするぐらいで静かな畑だ。

 これは、ただごとではない。

 今日が、もしかして収穫の日だろうか。

 などと考えていると、周りの土が大きく動いた。

 気づくと、辺り一面が白い世界だった。

 白く見えているのは、光のせいだった。

 周りには、仲間たちがいた。

 恐れる者、興奮する者、様々いた。

 私は、これからに期待する者だった。


 ごろごろと転がされながら、私たちはまず外の見える小さい穴の開いた入れ物に入れられた。

 そうして、次はまた暗闇に押し込められた。

 だが、今度は土の中とはまた違う、からっとした風の通る場所だった。

 たまに感じるのは、上がったり横に移動したりする感覚だ。

 そして、またどこかに置かれて動かなくなった。

 次には、ブルンブルンとけたたましい音が鳴り、激しく周りが揺れ始めた。

 そこからは、ガタガタと小刻みに揺れながら動いているのがわかった。

 この音は、先ほど土から掘り起こされた時にも聞いた音だ。

 似ているが、少し違う。

 でも、何かしら運ぶものであることはわかった。

「私たちは、どこに行くのだろう……」

 不安と期待の入り混じった複雑な声が聞こえてきた。

 それに答える声はなかった。

 その答えを知る者は、誰もいなかったから。

 私は、どこでも良いと思っていた。

 だって、ここにいる者は皆知っている。

 私たちは、人に食べられる運命にあるのだと。

 所詮その出発の日ですら、食べられるための旅路だったとしても、私にとっては大事な門出の日だ。


 暗い閉じられた場所に入ってからは長かった。

 激しい揺れは亡くなったが、より重く響くブルブルという音を感じながら移動していることはわかった。

 周りから、かすかに声が聞こえるので、多くの同胞がいることもわかった。

 土の中にいた時ですら、こんなに多くの声が聞こえたことはない。

 もしかしたら、自分たちがいた場所以外の者たちも集まっているのかもしれない。

 外に出てすぐの揺れよりは穏やかで、だんだん心地良くなってきた。

 規則的な揺れが、それをより助長した。

 この旅路はとても長かった。

 暗闇の入れ物の中、周りも大きな音がして、風もあまり動かないから、本当全く様子がわからない。

 周りがわからない状況で過ごす時間は退屈だった。

 余計に時間が長く感じられた。

 暗闇の中で過ごすことは、土の中でも同じだったが、あの時は変化があった。

 雨の時は水が流れ、動物や人が動く音もした。

 周りの変化が感じられたから、退屈はしなかった。

 これは試練なのかもしれない。

 さて、この時間をどう過ごそうか。

 私は不安と言うより、興奮していた。


「なぁ、ここはどんな場所だと思う?」

 私は、とりあえず周りにいる者に話しかけてみることにした。

 不安の声をあげる者が多いのは知っていたから、あまり有益な会話を期待できず、今までしてこなかったが、こうなると話が違ってくる。

 周りの者も、不安を消すために話をしたいようだったので、私の話にのってくれた。

「ずっと同じような感じで揺れてるよな。真っ暗だし、風もない」

 それは私も感じていたことだった。

 そうだな、と相槌をうつ。

「でも、どこかに移動している感じはあるんだよな」

 別な声が割って入ってきた。

 複数人で話すのは、様々な情報を取り入れられるから、願ってもないことだ。

「じゃあ、土から出る時にも運ばれたものと同じようなものだろうか」

「私は知っている。乗り物というものだ。私は比較的浅いところにいたから、人間の声が聞こえていたんだ」

「だが、揺れ方が違うから、違うものだと思う。乗り物にも、色々種類があるのか?」

「ごめん、そこまではわからないな」

 会話はそこで途切れてしまった。

 乗り物に乗っていることはわかったが、結局それが何かまではわからなかった。

 私は、この乗り物というものの揺れ方をもう少し観察してみることにした。

 最初は心地は悪くないと思っていたが、たまに大きく前後に揺れたり傾いたりするので、なかなかスリルがあった。

 そして、長く止まる場所もあった。

 そういう時は、特によく仲間たちと少し会話をした。

 音がすると、声がよく聞こえないから会話には適していないのだ。

 長く停車するところでは、外からの会話もたまに聞こえてくることがあった。

 その声が聞こえてくると、私たちはその声に耳を傾けた。

 私たちを育ててくれた人間たちと同じ言葉が聞こえてくるので、内容も理解ができた。

「お疲れさまーっす」

「お疲れ様ですー」

 恐らく挨拶だろう。

「引継ぎ事項確認します」

「お願いしまーす」

 あとは、何やら聞いたことのない言葉も混じってよくわからなかった。

 これを繰り返して気づいたが、どうやら私たちを運ぶ担当者は度々変わるようだ。

 確かに、私たちもたまに寝入ることがある。

 人間も、同じように休みが必要に違いない。

 その交代をする時に、何やら会話をしているようだった。

 言葉のわからないやり取りの後に、また簡単な言葉のやり取りをする者たちもいた。

「この後、どうするんすか?」

「特に用事もないし、飲んで帰るかなー」

「いいっすねー。今度店教えてくださいよー」

「あぁ、また今度なー」

 そんなやり取りが聞こえた。

 言葉はわかっても、言っている意味はよくわからなかった。

 だがこの二人は、どこかに一緒に出掛けようと言うほど仲が良いことはわかった。

 こういうやり取りはいいな、と思えた。

「私も、仲間とどこかにでかけてみたかったな」

 誰が応えるかわからないが、口を開いてみた。

「一緒にいるじゃないか」

 隣にいる奴が笑いながら答えてくれた。

「そうじゃないことぐらいわかるだろう」

 私たちは、声を出して笑った。

「でも、この旅も悪くはないだろう」

 言われて、私は一瞬口をつぐんだが、小さく笑った。

「……そうだな」

 こうやって、笑える仲間と共にいられるのは、悪くない。

 すると、周りが大きく揺れた。

 そして、ゆっくりと規則的な音が響き始めた。

 どうやら、乗り物が動き始めたようだ。

「疲れたな。眠ろうかな」

「それもいいんじゃないか」

 私は、優しく返してくれる声を聞きながら、意識を落とした。


 長い旅路になるかと思ったが、終わりは案外早く訪れた。

 眠りから目が覚めると、入ってくる風の気配が変わった気がした。

 湿った夜の空気ではなく、からっとした爽やかな冷たい朝の空気だ。

 夜が明けたように思われた。

「おはよう」

 誰か起きているかと思って、声をかけた。

「おはよう」

「おはようございます」

 口々に、あちこちから声があがる。

 皆起きているようだ。

 もしかしたら、眠れずにそのまま起きていたものもいるかもしれない。

 それは、聞くだけ野暮というものだ。

 周りは、相変わらず規則的な揺れが続いている。

「私が寝てから、何かあったか?」

 気になって、よく話をする隣の者に聞いてみた。

「特に変わったことはなかったよ。穏やかだった。でも、途中でまた人の交代はあったみたいだ」

 彼は、そのセリフに似合う穏やかな口調で言った。

 その交代の様子を知りたかったが、彼にとっては特別なことでないのなら、きっとよく覚えていないだろうし、今までと特に変わったことはないのだろう。

 また、これからに期待しよう。

「今日はどんな一日になるかな」

 そう思っていると、大きく揺れた後に乗り物は止まった。

 周りがざわめきだした。

 何が起こるのだろう。

 誰もその答えを持っていない。

 ただ、これから起こることをじりじりとしながら待つしかない。

 すると、再び大きく揺れ動いた。

 これは、最初の時のものに似ている。

 そして、ブルブルと小刻みの揺れが始まった。

「きっと別の乗り物に乗ったんだ」

 ここまで来ると私もわかった。

「どこに向かっているんだろうな……」

 誰ともなくつぶやいた。

 結局は誰も何もわからないから、それ以上言葉を発することはできないのだけれど。

 今度の乗り物の旅は、予想よりも早く終わった。

 大きく揺れた後に、静止した。

 また休憩だろうかと思ったが、真っ暗だった世界が明るくなったので、この旅の終焉を迎えたのだと察した。

 入っている入れ物の隙間から、光が差し込んだ。

「荷物が来たぞ! 配置につけ!」

 外から人間のきびきびとした声が聞こえてくる。

 上に持ちあがる感覚がした後、ゆらゆらと不安定に揺れながら動く。

 そして、ドサっと勢い良くどこかに置かれた。

 そうして、視界いっぱいに光が満ちた。

 入れ物が開けられたようだ。

 入れ物が逆さにされ、ごろごろと私たちは平らな場所に落ちた。

 周りには、多くの仲間たちがいた。

 目の前には、全体を覆って目しか見えない人間がいた。

 私たちは驚きで、言葉を失っていた。

 その人間が、私たちの方へ手を伸ばしてくる。

 すると、素早い手の動きで紐で編まれた、畑から収穫された時に入っていた入れ物と似たような形状のものに入れられた。

 ただそれは、柔軟性があって形を変えられた。

 私たちは、それに何個も入れられた。

 ある程度個数が入ると、計りにのせられ、入れ物の口が閉じられた。

 そして、別の入れ物に避けられる。

 それを何回も繰り返して、入れ物に同じように根のように細かな模様の入れ物に入ったものたちでいっぱいになっていった。

「なんでこんなに何回も違う入れ物にいれるんだろうな?」

「違う乗り物にも乗るしな」

 私たちは、笑い合っていた。

 たまたま一緒の入れ物に居合わせた者たちと、そのような会話もした。

 私たちは、場所が変わったこともあったからか、妙に浮足立っていた。

 新しいことが始まる予感でいっぱいだった。

 恐れている者は、悲壮感の漂う顔をしていたが。

 さすがに、ここまで来ると彼らを慰める言葉はもう思い浮かばない。

 自分たちが何に乗ってきたのかも、なぜそうなっているのかもわからない。

 だが、この旅はとても面白かった。

 私の知らない世界を見ることができた。

 これからも、それを見せてくれるに違いない。

 私が誰かの腹におさまるその時まで。

 やわらかい入れ物に入ると、別の箱に入れられて、揺れの大きい乗り物に載せられた。

 他の仲間から聞いたが、これはトラックと言うらしい。

 仲間が増えると、知識が増える。

 これはとても嬉しいことだった。

 ただ、これからどこに向かうかは、誰も知らなかった。

 誰も畑から出たことはないからだ。

 トラックは一度では終わらず、また別のトラックに載せられて、長い距離を運ばれた。

 その間に、仲間と別れたり、全く種類の違う仲間と席を共にしたりもした。

 違う場所から来た者たちの話は、興味深かった。

 悲壮感漂っていた者たちも、少し気分が紛れたようだった。

 少しすると、またトラックは止まった。

 ギィという音とトラックが揺れて、入れ物の隙間からかすかに光が見えた。

 トラックについている入れ物が開けられたようだ。

 またどこかに運び出されるのだろうか。

 何やら、外からは賑やかな声が聞こえる。

「ほら、荷物来たよ! 運んで!」

 威勢の良い声が聞こえてきたかと思うと、私たちが入った入れ物は、どんどん運ばれた。

 この揺れの感じは懐かしい。

 畑で、人間に抱かれている時に感じたものだ。

 小さい乗り物にいくつかの入れ物と共に載せられる。

 そして、それに載せられると、また別の場所へ運ばれた。

 順番に入れ物が開けられていく音がする。

 私は、その音を今か今かと待った。

 ついに私の入れ物が開いた。

 外ほど光が入ってこなかった。どことなく薄暗い。

 すると、入れ物に人間の手が入ってきた。

 次々と、周りにいた者たちがその手に取られていく。

 そして、私の番だ。

 手に取られると、坂になっている場所に先に行った者たちと共に並べられた。

 きれいに並んだそれは、私が収穫の時にわずかに見た畑のようにも見えた。

 周りは、びっしりと同胞たちで埋まっていた。

「やぁ、新人さん」

 すると、隣から声をかけられた。

 隣には、見たことのない赤くて細長い者がいた。

「こんにちは、あなたは誰だ?」

 私は、突然を声をかけられて好奇心が勝って、ついそう聞いていた。

「私はにんじんだ。あなたはとても良い顔をしているね。しばらく隣同士になるかもしれないから、よろしく頼むよ」

 向こうは、特に気分を害した様子もなく、笑って答えてくれた。

 ようやっと自分があまりにも不躾だったことに気づき、挨拶をし直した。

「私はたまねぎだ。こちらこそ、よろしく頼む」

 気の良い仲間が隣で良かった。

 どうやら私たちはしばらくここにいるらしい。

 これからの生活も楽しみになってきた。

「ところで、ここは何という場所かあなたは知っているか?」

 並べられると、あとは周りの人間は忙しなく動いているものの、私たちは特に何も起こらなくなったので、隣のにんじんにまた話しかけてみることにした。

 少なくとも彼は私たちよりここに長くいるようだったので、何か知っていると思ったのだ。

「ここはスーパーという場所らしい。人間は、この場所で自分たちの食事になるものを買うんだ」

「なるほど。私たちはここで、私たちを食べる人間に出会うわけだ」

 執着の地まであと一歩というところか。

「出会うとは、なかなか良い表現をするね」

 にんじんは、感心したような声をあげた。

 彼の口調は歌うように軽やかで、嫌味さをあまり感じない。

 話していて心地良かった。

 だから、単純に彼に褒められたと思えて嬉しかった。

「私は、私を食べる人間に出会うのをずっと楽しみにここまで来た」

「君は遠い所から来たのかい?」

「そうだな。私の道のりはとてもとても長かった。いくつもの違う乗り物を乗り継いでここまで来た。一つの夜を超えていた」

「なるほど、奇遇だな。私もそうなんだ。トラックという乗り物を乗り継いで、一つの夜を超えてここまで来た」

「そうなのか。私たちの故郷は、案外近いかもしれないな」

「はは、そうかもな。何だかあなたとはとても近しいものを感じるよ」

「私もだ。あなたとここで会えて、とても嬉しい」

「あぁ、本当に良かった」

 そう話していると、何やら一段と周りが騒がしくなった。

 何やら軽快でリズミカルな音が鳴り響き、今まで周りにいた同じ服を着た者たちとは違う者たちが、どんどんと私たちの前を通り過ぎていく。

「どうやら開店の時間のようだ」

「かいてん?」

「スーパーの準備が整って、私たちを手に取る人間たちが大勢入ってくるんだ」

「なるほど」

 そう聞くと、私は緊張してきた。

 今日手に取られるかはわからないが、手に取られることを想像するだけでワクワクした。

 大勢の客が、私たちを眺めるが手に取る者はいなかった。

 すると、私たちの周りの客は、先ほどより少なくなった。

 私は、そうかもしれないとは思っていたが、少しがっかりした。

「まだ焦ることはないさ。スーパーには、何回か人間が大勢来る時間がある。朝よりも、太陽が真上にのぼるか、または太陽が沈んだ頃の方が私たちを手に取る人は多い」

「そうか!」

 にんじんの言葉を聞いて、また私は希望がわき上がってきた。

「今この場を楽しむといいよ。人間たちを眺めているのも、なかなか面白い」

「言われればそうだな」

 今までは土の中にいたから、自分の仲間以外のものを見ることなどなかった。

 考えてみれば、今この時間は他のものたちを見る良い機会でもあるのだ。

 人間が何を手に取っているかを見るのは、とても面白かった。

 なぜそれを手に取るかわからないが、手に取られたものと人間のそれぞれの表情が変わるのが面白かった。

 そうしていると、時間はすぐに過ぎた。

 また大きく人が動く時間が来た。

「きっとお昼だ」

 隣のにんじんが言った。

 外は、一日の中で一番の明るさになっていた。

「なぜ昼に人が多くなるんだ?」

 私は単純な疑問をにんじんに問うた。

「人間は、決まった時間に食べ物を口にするらしい。その時間のようだよ」

「なるほど」

 そうして、また人の流れへ視線を向けた。

 すると、数人の人間がこちらへ近寄ってきた。

 一人の人間が、隣のにんじんへ手を伸ばす。

「おや」

 にんじんが手に取られて、そのまま持っていかれた。

「一足お先に失礼するよ」

 去り際に彼は、そう軽やかな声で言った。

 最後まで優雅な人物であった。

 さて、話し相手が行ってしまったので、私はいよいよ店の客を見る以外にすることがなくなった。

 他の仲間に話しかけても良いのだが、みんな緊張してあまり喋らなくなっている。

 すると、大勢の客が私たちの前に来た。

 手前にいる仲間たちが、たくさん持っていかれる。

 私は奥の列にいて、その中に入れなかった。悔しい。

 位置取りも重要なようだ。

 しかし、ライバルが減ったので、次こそは私の番だろう。

 昼を過ぎると、また少し人が減ったが、朝とは打って変わって、だらだらと人がい続ける時間が続いた。

 人が全くいなくなることはなかった。

 そして、その時は突然訪れた。

 まずは隣のにんじんを一つ取る人物がいた。

 そして、次に私たちの前へ来た。

 手を伸ばしてきて、その手は私を掴んだ。

 そのまま籠へ入れられる。

 先ほど手に取られたにんじんと隣同士に並んだ。

 籠に入ったものたちは、皆無口だった。

 緊張しているようで、口を引き結んでいた。

 そして、また一歩隣へ移ると、今度はじゃがいもを籠に入れた。

 彼らの名も、同郷ということですぐに知った。

 この三つは、ほぼまとめて買われたので、一つの料理の材料になりそうな気がする。

「私たちは、一体何になるのだろう……」

 つい独り言が出ていた。

 それに応える声はなかった。

 そして、籠に入れられて店の中を移動する。

 もともといた場所から移動して、店の中を見ることができたのはありがたかった。

 今まで見れなかった場所を見れるのは、とても面白い。

 すると、また籠に何か入れられた。

 ひやりとする入れ物に入ったものだ。赤くて平べったい。

「あなたは誰だ?」

 私は近くにいたそれに聞いていた。

「私は豚肉だよ。豚という動物の肉だ」

「動物の肉……」

 動物はわかる。私たちを食い荒らしていく奴らだ。

 その肉とは、何ともおぞましい。

 人間はそういう者も食べるのだな。

 次に入れられたのは、何かの箱だった。

 文字が読めないので、何かはわからない。

 読めないながらも、私はそれに書かれているものから推察しようとした。

 そうしていると、見ていた箱が声をかけてきた。

「私を買ったのだから、ここの家は今日はカレーだよ」

「カレー?」

 初めて聞く名だ。

 そもそも、聞くものほとんど初めてなのだが。

「刺激的な味の食べ物だよ。君たちはよくカレーの材料になる野菜なんだ」

 カレーと名乗ったその入れ物は、そう教えてくれた。

 教えてくれてありがとうと伝えると、私は思案にふけった。

 そうか、私はカレーという食べ物になるのか。

 どういうものかは全く想像できないが、料理の名がわかるととても嬉しい。

 入れ物に描かれた絵を見ながら、想像して時を過ごすことにした。

 買い物が終わったようで、機械がたくさん並ぶ場所を通過し、私たちはまた車に乗った。

 これは私たちがここに来るまでに乗ったどの車よりも小さかった。

 それに乗って少し走ると、私たちは人間に抱えられた。

 また室内に入る。

 人間は袋をテーブルに置くと、大きくて白く細長い箱のようなものの上部分を開けて、そこに袋のものをどんどん入れていく。

 だが、にんじん、じゃがいも、豚肉、カレーの箱、そして私たまねぎは別に避けられた。

「さて、さっさと準備しておかないとね」

 人間は、何か独り言を言ったようだ。

 彼女はどうやら忙しいようだ。

 あー忙しい忙しいと口で言っている。

 彼女は、何やら道具を取り出していた。

 それが整うと、私たちを入っている袋からどんどん取り出す。

 一通り並べると、きらりと鋭く光るものを私たちに立てた。

 いきなり体を切られて驚いた。

 人間のように痛い、と思うことはないが、やはり体が離れれば驚く。

 私は、どんどん小さくなっていった。

 自分の体の構造がこうなっているとは知らなかった。

 これも面白い発見だ。

 きっと、もうすぐ私の生は終わることだろう。

 だが、こんなに発見だらけの生を迎えることができてとても嬉しかった。

 一通り小さくされた私たちは、隣にある底の深い入れ物へ入れられた。

 水を入れられ、私たちは一気に水に沈んだ。

「これをセットして、と……さてお迎え行ってこよう!」

 そして、蓋をされる。

 暗闇となった。

 水の中にいると、なんだか落ち着く。

 土の中にいた時のことを思い出すからだろうか。

 そして、何だかだんだん温かくなってきた。

 最後がこういう場所なら悪くないと思えた。

 私の生は、良いものだった。

 どんどん、気が遠くなっていくのを、私は感じていた。

 この意識の底へ落ちそうな瞬間が、一番心地が良い。

 おやすみ、輝かしい世界。

 素敵なものを見せてくれて、ありがとう。

 私の意識は、深く沈んだ。

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