労働争議

 駅に着いてから一時間、電車は止まったままだ。

 今日は、ストライキが実行される日だから、現場の様子を見に来ていた。

 本来なら、非番の者が見に来るのもおかしな話なのだが、組合役員として様子を見たいというのもあった。

 もう社会にとっては、ストライキが当たり前になってしまっているので、駅にいる人たちは慣れたものだった。

 皆あきらめたような顔つきで、そのまま駅に突っ立ってる人、駅に来たらすぐに引き返して代替を探す人などがいた。

 もう文句を言うような人は、ごくわずかだった。

 それでも、鉄道会社に対してクレームを入れる人は多少いたが。

 どちらにしろ、このストライキを支持してくれる人など、ごく少数の組合支持者だけだった。

――まぁ、みんな興味ないよな。

 私もどこか、あきらめ気味にその光景を見ていた。

「はぁ~、マジかよー。ストライキとか何なの? やめてくれよなぁ~」

 隣の若い男性が、そうぼやく声が聞こえた。

 皆口に出さないだけで、だいたいこう思っているのだろう。

 表情だけで、それが見てとれた。

 所詮他人事。自分が迷惑を被っていると、特に不満を持つだろう。

「何言ってんの!?」

 すると、その男性に対して急に近くにいた女性が怒鳴りつけた。


 駅に来てから一時間ぐらい経っただろうか。

 今日も、電車は朝から止まっていた。

 いつものことではあるのだが、今日は時間としてはそこまで急ぎではないが、必ず行かなければならない場所があった。

 一応これを見越して早く出てきたが、一時間も経って動きが見えないから、そろそろ別の交通方法を考えなければいけないだろう。

 他の方法もないではないが、旅程が長いのもあり、電車を乗り継ぐのが一番安価で早く、しかも楽であるこの方法でできれば行きたかったのだが。

 この先のことを思い、ついため息をつきながら、スマートホンを取り出して他の行程の検索をかけ始めた。

 あと、相手先にも連絡をしなきゃと思い立ち、メッセージアプリ画面を出して相手の名前を探し始める。

 すると、隣にいる若い男性の声が聞こえてきた。

「はぁ~、マジかよー。ストライキとか何なの? やめてくれよなぁ~」

 聞こえた瞬間、私の頭は一瞬真っ白になった。

 全身の血液がぶわっと沸き立つような感覚。

 次の瞬間には、何も考えずに体が動いていた。

「何言ってんだよ!?」

 手が、隣の男の胸倉をつかんでいた。

 男は驚いたように両目を開いてこちらを見ていた。

 全く知らない男だ。でも、もう気持ちが抑えられなかった。

「自分の大切な人を過労で会社に殺されてから、もういっぺん言ってみろ! 馬鹿野郎!!」

 ぎりぎりと掴んでいた手に力が入る。

 男性の目には、明らかに恐怖の色が浮かんでいた。

 だんだんと頭が冷えてきて、ちっと大きく舌打ちをして勢いよく投げつけるように、襟から手を離した。

 周りも、視界に入ってくるようになってきた。

 よほど私は殺気だっていたようだ。

 様子を窺うような中に、不安や恐怖の色が見える。

 どうせ私の方が、変な人だ。

 この社会ではそうなのだ。

 私は悔し紛れに、これ見よがしに大きくため息をついて、とりあえずその場から去ろうとした。

「すみません」

 すると、後ろから声をかけられて肩をつかまれた。


 声をかけたのは、とっさの衝動的な行為だった。

 女性は、剣呑な顔つきをしてこちらを見ていた。

 当たり前だろう。

 怒りを向けられる前に、口を開いた。

「先ほどの言葉スカッとしました!」

 思わず大きな声を出していて、私ははっと口を押えた。

 周りがこちらを見ている。

 あまり私の正体が知られるのは、良くない。

 私は女性に近づいて、小声で告げた。

「……私、労働組合職員でして、このストライキを管理している一人なんです」

 そう告げると、女性は目を見開いてこちらを見た。

「皆もうストライキが当たり前になっていて、興味ないと思っていたんですけど、あなたがあぁいう風に怒ってくれて、とても嬉しくなったんです。ありがとうございます」

 つい顔がほころんでいた。

 女性は、気まずそうに目を泳がせた後、警戒心が薄れたのか、少し表情をほころばせた。

「私こそ、個人的な感情でつい怒鳴ってしまっただけです」

「……先ほどおっしゃっていましたが、ご身内を過労で亡くされたのですか?」

 声を落として聞いた。

 女性も、少し目を伏せた。

「えぇ。娘を……。離婚して、一人で育てた娘が、ある日朝起きなくてそのまま……」

「…………」

 言葉を失っていると、女性は腕につけている時計を見た。

「すみません、実は今裁判中でして、これから弁護士の方と打ち合わせなんです」

「あ、これは失礼しました。タイミングが悪くて申し訳ないですが、どうぞ道中お気をつけて」

「えぇ。あなた方も頑張ってください。どうか、皆さんの職場を守ってください」

 互いに軽く会釈をした。

 女性はその場から離れて、駅の出口の方へ向かっていった。

 私は、女性に背を向けて、駅のホームの方を眺めた。

 執行部との話し合いは、平行線をたどってまだ妥結の糸口が見えない。

 だが、あきらめるわけにはいかないのだ。

 あぁやって悲しむ人が出ないために。

 私は奮い立つ心を感じ、胸に手を当てた。

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