東京案内
「まったく……俺だって忙しいんだからな」
ぶつぶつと言いながら、新幹線や多くの路線が発着するターミナル駅を歩く男性がいた。
その隣には、それを楽しそうに眺めて笑う女性がいた。
「いやぁ、持つべき者は東京にいる鉄道関係者の友人だよねぇ」
それを聞いて男性は、小さくため息をついて女性を睨む。
「言っておくけど、俺は職務以外はちょっと詳しい一般人だからな。無茶なこと言うなよ」
「わかってるよぉ。久しぶりに東京に来たから、ちょっとつきあってほしいって言うだけじゃんー」
「それにしたって、前日に連絡してくる奴があるかよ。こんな旅行の予定、前から決まっていただろう?」
「あはは、ごめーん。急に思いついちゃったからさ」
男性は、またため息をついた。
「お前はいつもそうだよな……」
もうあきらめているような、かすれた声だった。
「感謝してるからー。ご飯奢るから許してよ。んでさ、ご飯おすすめの所教えてよ。もう昨日の夜から何も食べてなくてお腹減ってるんだよー」
「もう十時だぞ? 朝何か食べなかったのかよ」
「旅先でおいしいご飯食べたいから、お腹減らしてきたのよー。当たり前でしょ?」
「よくバスに酔わなかったな……」
「私、それは強い方なんだよねー」
女性は、口の端を大きく持ち上げて笑う。
「おすすめの場所って言ったって、駅の中かすぐ近くでささっと食べられる俺の好みの場所になっちまうぞ?」
「それでいいよ。すぐにお腹に入れたいから」
「じゃあ、ついてこいよ」
そう言って、男性は足を速めた。
「あ、ゆっくり歩いてよー」
女性は、キャリーケースを引きながら男性についていった。
「ここでいいか?」
そう言って前に立ったのは、だし茶漬け屋さんだった。
「おぉー! こういうの! こういうのですよ!」
女性は興奮の色を見せた。
二人は、店に入った。
キャリーケースは店のレジのところに預け、二人は席につく。
「それにしても、仕事終わりとか仕事中に行くところだったら、もっとガッツリかお酒飲む感じのところかと思ってた」
女性は、店を見回しながら言う。
「ここは仕事終わりに来るんだよ。俺、仕事終わりはあんまり食べる気が起きないから、軽く済ませるんだ」
「へぇ~。何がおすすめ?」
「何でもうまいから、好きなもの頼めよ」
話していると、ウェイターがメニューと水を机に置いた。
女性と男性は、同時にメニューを手に取る。
男性は、すぐにメニューを閉じた。
「えー、何がいいかわからない。お腹が減っているから、余計に目移りしちゃう」
「じゃあ、メニューの一番最初に書いてあるやつでいいんじゃないか?」
男性は呆れ気味に言った。
「オッケー。そうする」
女性が言うと、男性はウェイターへ声をかけた。
頼んで程なく、料理が二人のもとへ運ばれてくる。
料理を目の前にした女性の目は、明らかに輝いていた。
「おぉー! おいしそう!」
「あんまり大きな声出すなよ。恥ずかしい」
「料理を目の前にして、テンション上げずにいられますかっての」
そう言うと、女性は箸を手にとった。
嬉しそうに、彼女は目の前の食べ物を次々に口に運んでいく。
それを見ながら、一足遅れて男性も箸をつけ始める。
男性はゆっくりと、女性は目にも止まらぬ速さで食事を進めていた。
違うスピードで進めていたのに、二人が食事を終えたのは同時だった。
というか、女性の方が終わった後に色々また注文をしてそれを食べていたからでもあった。
「あぁー、幸せ!」
店から出て、女性は機嫌良く言う。
「それはようございました」
男性が、半ば呆れながら言った。
「さて、腹も満たされたし、次はどこ行こうかな」
女性はそう言うと、男性の方に期待に満ちた眼差しを向けた。
「いや、そんな顔をして俺の方を見られても」
「案内を頼んだんだから、そこは何か案を出すところでしょー?」
「そんなこと言われてもなぁ……」
「この駅の中で東京らしさを感じられるところとかないの?」
「無茶苦茶言うよな……」
男性は、はぁ、と小さくため息をついた。
「ついてこいよ」
そう指をくいと動かして、男性は歩き出した。
「そうこなくっちゃ~」
女性は荷物を持ちながら、軽やかな足取りで男性の後について歩いた。
「おぉー、すごいお店ー」
「とりあえず、こういうところで店とか見ていたら、東京来た気分になるんじゃないか。そっちにはないような店ばかりだしな。東京名物も売ってるし」
歩きながら、二人は言葉を交わす。
だが、女性がだんだん店に気を取られてそればかりの話になっていった。
「あ、ちょっとお土産屋さん見ていい?」
「好きにしろよ」
男性は、苦笑しながら女性についていく。
商品について、近くで眺めながらあれやこれや言う。
「えー、いいなー。買っちゃおうかなー」
「土産を今買ってどうするんだよ。また明日もあるんだろう? 荷物だらけになるじゃないか」
「なんかここだけでもすごい楽しいよ。東京満喫してるー」
「おいおい。ここだけじゃなくて、この駅だけでもこういう区画まだいくつもあるんだからな。ここで満足するなよ。っていうか、観光地に行けよ、ちゃんと」
「ねぇねぇ、明日も一緒に行ってくれる?」
女性は、窺うように男性を見て言った。
「明日は仕事だっつの」
男性は何を馬鹿なことを言いたげに、呆れと脱力が混じった口調で返す。
女性は、ちぇーと悔しくなさそうな笑顔だった。
「それじゃあ、また今度来た時は、電車から見える観光名所案内してよ」
「なんだよそれ。俺は駅員だぞ。運転士じゃねぇっての。自分で探して明日行ってこいよ」
「もう、つれないなぁ~」
女性は、肘で男性の体をこつんと突いた。
男性はそれを特に気にした様子もなく、二人は笑いながら、駅の中を歩いていった。
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