廃線を歩く
カメラを構えながら、もう何も走らなくなって久しい線路を僕は歩いていた。
何も喋らず、ただひたすらカメラを回しながら始まりから終わりまで歩く。
朝から歩いているが、三分の一ほどでもお昼をとっくに過ぎてしまった。
昼ごはんを食べたり、少し時間はとってはいるが、そこまでのんびりもしていないはずだったが、改めてその距離の長さを実感する。
だいたい歩く時は、どのぐらい時間がかかるかを計算して、その近くで宿を取ることにしているので、今回もきちんと旅程を組み、町の民宿に入った。
宿で、今日撮った映像を確認していた。
僕はこの録画した動画をデータ化し、事前に許可を取った過去のその線路で車両が走っていた時の全面展望動画と比べるということを行っていた。
僕はそれを動画投稿サイトでチャンネルを開設して、細々とやっていた。
視聴者は多くはなかったが、それでも毎回ある程度の視聴回数があった。
僕はそれを少しのやりがいにして、自分のやりたい路線をずっと撮り続けていた。
歩いている時も楽しいが、この映像を見返す時も僕は胸がワクワクと躍るのを感じていた。
廃線跡は、たまに個人の土地になっている場合もあるので、全て確認して許可をとっていた。
個人の土地だと、たまに許可が取れない時もあるので、そういう時は入れるところだけ歩いたこともあった。
そうすると、動画にはしにくいので、完全に自分の趣味であった。
一応ネタがなくなった時のためと、一人で見比べて楽しむために動画は撮っていた。
比べる動画を撮るきっかけは、もちろん廃線になる前の動画に出会ったことからだった。
家の近くに廃線跡があり、昔から鉄道が好きでよく見に行っていた。
動画サイトを見ていて、その廃線に電車が通っていた時の動画があって、それを興味本位で見たのだ。
すると、そこには自分の知らない世界が広がっていた。
前面展望の動画だから、電車が走る前の部分しか見れないが、駅の前にある線路の直前を人が横断していたり、線路に人が降りて笑い合っていたり、今では考えられないような風景だった。
だが、人々は笑っていた。
それが危ないことは知っているし、この鉄道を運転している人はまた違う気持ちで走っていただろうとは思うが、不思議な知らない世界を見て私は興奮した。
こうだった世界を私は知らない。
私が見た廃線は、もう線路すらはぎとられていて、ただの草っぱらだった。
線路がしかれていた場所だけ、草が生えにくくなっていて、その形が朧げに見えるだけだ。
何もなかった場所に、鮮やかに世界が広がったかのように私には感じられた。
そこから、スマホを持って実際に動画を見ながら、入れる場所に入って、動画を見ながら同じ場所を見てみた。
駅舎が地域の集会所になっていたり、駅舎そのものがなくてただ広い土地がそこにあったり、その後は様々だった。
どうしてそうなったかも、調べてみると面白かった。
そうして、私はその世界にのめりこんでいった。
今は、ただ自分で楽しみながら動画を撮って、後から調べたことをなどを含めてナレーションを吹き込んで動画を作っている。
コメントをしてくれる人もいて、新たな知見が広がったり、単純にすごいと褒めてもらったりして楽しかった。
あまり視聴数は多くないので、妙な荒らしはいなかったのも心穏やかにできて良かった。
それをいくつか繰り返したが、あの感動の気持ちはずっと忘れられない。
だから、動画を作り始めて数年経っているが、続けられているのだろう。
今日の廃線跡もとても良かった。
穏やかな草木や動物の声が聞こえ、その地になじんでいる場所を歩くのは心地良かった。
今日は天気も良かったし。
一応天気もチェックをして、撮影する日を決めているが、こればかりはお空のご機嫌次第なのは言うまでもない。
そして、その風景を思い浮かべながら、過去の風景の動画を見返して、あの穏やかな場所がこんなににぎわっていたのかと思い返すこの時間がたまらなく愛しい。
私は、この年月を感じるという感情がとても好きなのだ。
明日も、どうかそういう日であってほしいと思いながら、私は布団に入った。
それを繰り返し、三日ほどかけて約一三八キロほどを終点まで歩ききった。
今回も無事に終えられてよかった。
途中途中で、その土地のおいしいお店や特産品、名所へ行って紹介したりもするのだが、終点ではやりきった自分へのご褒美もかねて、盛大に豪遊をする。
終点は、山々の美しい自然が有名だったので、まずそこへ行った。
そして、道の駅に行ってお土産を買ったり、その土地のおいしいお店を数店巡ってみた。
海も近いので、海の幸も山の幸もどちらもおいしいお店が多く、とても楽しかった。
それを含めた動画を、帰ってから作成して投稿する。
だいたい二、三か月に一回のペースだ。
投稿をして次の日ぐらいに、コメントなど反応をもらえる。
自分ぐらいしかこのようなことをする人はいないだろうと思って始めた投稿だったが、似たようなことをしている人、私の動画を見て始めてくれた人などもいるようだ。
彼らはきっと、私と同じような心ときめくものを、この廃線に感じているに違いない。
そう思うと、なくなった後でも私たちの心を沸き立たせるものを持っている鉄道というのは、実に奥が深いと思うのだ。
そう思いながら、動画を作成していない日は、そういう仲間の投稿動画や、次の廃線跡の過去動画を探しながら、好きな酒とつまみを食べて、趣味のためにしている仕事の疲れを癒している。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます