1-2 やれやれといった気分で

「世の中は不可思議と謎とで出来上って居るんだよ」


 昼休みに教室で昼食を摂って居る僕の目の前で、真後ろの席に座るSFマニアは焼きそばパンを握り締めながら力説する。

 ふーん、と気のない返事をして豆乳をちゅうと吸ったのだが気にする様子も無かった。


「そして世の中には二種類の人間が居る。真理を追究しようとする者と、関心すら示さず、ちゅうと豆乳を吸うヤツとにだ」


 訂正しよう。実はめっちゃ気にしていた。


「まるで僕が世界中の人間からハブられているかのような物言いをするね」


「オレが折角の謎案件を提出して居るのに、おまえがガン無視しているからだ」


「無視はしてないよ。食事中のBGMには丁度良いと思っているだけで」


「ガッデム。オレの高尚なる仮説は、付けっぱなしにしているテレビのバラエティじゃない。聞き流すな、ちゃんと聞け」


「七尾、いい加減にしろよ。何処をどう押せば邑﨑むらさきさんが宇宙人や未来人に為ったりするんだよ。妄想も大概にしろ」


 小声でSFマニア兼重度のオカルトマニアな僕の友人を窘めるのだが、引き下がる様子はまるでなかった。


「あまり大きな声で言うな。彼女に気付かれる」


「彼女が居る教室でこんな話をする方がオカシイだろう。そもそも失礼だよ」


 そっと肩越しに振り返るその先には、自分の席で目を瞑って腕組みしている彼女が居た。

 うたた寝でもしているのか、それとも何某かの思惑に耽っているのか。


 彼女が転校して来てから早半月。親の仕事の都合で高校最初の中間テストには間に合わなかったけれど、編入試験は高得点だったらしい。

 そして彼女は何と言うか個性的だった。


 最初の自己紹介の時にも、「邑﨑キコカです。名前はカタカナでキコカ。以上」で終わって実に素っ気なかった。

 それでも最初は彼女に接触してくるクラスメイトは幾人か居たのだ。

 しかし男子からの声掛けも女子からの誘いも全て軽く受け流し、けんもほろろにあしらうモノだから今や彼女は一人だった。


 そしてよく授業をサボる。

 その割りには意地の悪い教師の質問には隙無く答え、逆に慣用句の誤謬を突いて教師を黙らせたりと、地味に存在感を放っていた。

 確かに頭は良いのかも知れないが、他の人達と関係を持つことを避けているように見えた。


 しかしだからといってコイツの論理は飛躍し過ぎだろう。

 自分の趣味で、わけワカメな屁理屈をゴリ押ししているダケだ。


「彼女にはナニかある」


「だからナニを根拠に言ってるんだよ」


「そんなに気になるんだったら直にそれとなく聞いてみればいいじゃないか」


「それじゃまるで俺がナンパしてるみたいだろがい」


「違うのか」


「違ぇよ、俺は邑﨑キコカが何者なのか知りたいってだけだ」


「普通の女子だろ、ちょっと変わってるけれど。それに好意を持っている訳でも無いのに、興味本位で相手の事を知りたがるというのはあんまり感心出来ないな」


「何言ってるんだよ。過去を改変するためにやって来た未来人だったり、宇宙人が潜入調査の為に化けて潜り込んでいたりしたらどうするんだよ」


「少子化で先細りして見通し暗いこんなしょんぼりな地方の学校に、何の改変や調査だよ。そんな阿呆な誤魔化しじゃなくてちゃんと理由を言え。覗き見が趣味って訳でもなかろうに」


「実は一昨日、ちょっと見ちまったんだよ。邑﨑キコカが真夜中の学校に忍び込むのを。こうひょいって校門を飛び越えてな」


「忘れ物でもしてたんじゃないか」


「にしても制服でまたやって来るか?普通私服だろ、一度家に帰ってるんだし」


「まぁそれはそうかな。でも夜中なのによく彼女だって分かったな」


「ちょうど立ち位置が街灯の逆光になる場所でな。シルエットがこう、くっきりと。

 所々がつたみたいにカールしてるあの独特の髪型は間違いない。

 それに一瞬だが、街灯の明かりで横顔が見えたしな。

 最初はどっかで見た後ろ姿だな、程度でしかなかったけれど。

 きっと校内で怪しい何かをやっていたんだ」


「そう。まぁそれはいいや。でも僕としては、七尾が何で真夜中に学校の周囲をうろついていたのか、ソッチの方が余程に気になるよ。おまえの家とは結構距離があるってのに」


「莫迦かお前、一昨日は満月で部分蝕がある。これを見ずに済まそうって方が問題だろ」


「まさか、夜中に無断で学校に忍び込んで一晩中見ていた訳じゃないだろうね」


「失礼な、部分蝕が終わるまでだ。其処まで非常識じゃない」


「・・・・あのなぁ」


「学校の校庭は空が広く拓けている上に、周囲に邪魔な光源が少ないからな。町中で天体ショウを観測するにはうってつけのロケーションだぞ」


「七尾は邑﨑さんをどうこう言える立場じゃないよ」


「なに?俺は純粋な天体観測だ。知的欲求と学術的探究心ってヤツだ。無断で真夜中の学校内に入り込む輩と一緒にするな」


「一緒だ一緒。やっていることはどっちも同じ」


 ふと思い出したのは少し前に見た映画の1シーンだ。

 そこでは犯罪者が詭弁を弄し、得意げに自分のやったことを正当化していた。彼らは常に自信満々で、自分の判断と行動に毛先ほどの誤りも無いと信じ込んでいる。


「SFファンを自称するなら、客観的視点ってやつは大切だと思うな」


「どういう意味だ」


 自分の言っていることに気付いていないのか、それとも気付いていながら気付かぬふりを決め込んでいるのか。


 どちらにしてもやれやれといった気分で、やれやれと溜息をついた。

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