「君の青春はあと三日しかない」
蒼埜かげえ
「君の青春はあと三日しかない」
「君の青春はあと三日しかない」
パーカー付きの黒いジャケット。黒のズボンに黒眼鏡。これがファンタジー小説であれば、きっと彼は死神だろう。
深夜のコンビニまでの道すがら、黒ずくめの青年に、そんな風に声をかけられた。
「君の青春はあと三日しかない」。
先日、三田の読んだ小説にも、そんな内容のものがあった。
このところ、三田はめっきり外に出ることが減り、実家の片付けばかりをしてた。
身の回りの整理を早急にしなくてはならなかったからだ。
三田はまさか自分がこんな早く……こんな、まだ十代のうちに、身辺整理をすることになるなんて思ってもいなかった。けれど運命とは奇妙なもので、今、三田は住み慣れた部屋を空っぽにすることに勤しんでいる。
三田は物を沢山持つような性分ではなかったが、それでも部屋というのは不思議なもので、片付けても片付けてもあとからあとから物が現れるのだ。
三田の場合は特に本が多くて、いつのまに増殖していったんだと、奇妙な気持ちを抱くほどだ。けれど一冊一冊を手に取れば、確かに自分が買った記憶があるのだからこれまた不思議だ。
そうやってダンボールに本を仕舞いながら、ふと読みかけの一冊を手にとった。確か五年前に買った本で、三田の趣味よりも少しばかり幼い内容の本だった。
それはこんな内容だ。
ある日、夜散歩をしていると、黒ずくめの男が現れる。彼は自身のことを死神だと名乗り、そして問いかけるのだ。
『貴方の人生はあと三日だけ。その三日に何をしますか』。
毎回主人公が変わるオムニバス形式の短篇集で、あと三日間というところだけが一緒である。ある者は空回りし、ある者は欲にのまれ、そして、また、ある者は大切な人の為に使う。
貴方なら三日間という短すぎる時間をどう使うか。
そう、問いかけてくるような小説だ。
そして、小説のそのシーンを再現するかのように、今、男は三田に告げる。
時計の時刻は夜十二時三分を指していた。
夜もだいぶ遅いというのに、やけに辺りが明るく感じるのは、月が輝いているからだろう。ふっくらとまるまった月は、満月ではないものの、白く美しい光を放っては、三田の足元に淡い影を作っていた。
昼間は暑苦しくかったが、今は少し肌寒い。台風が近づいているそうで、風が吹き荒れているのだ。今は雨が降っていないが、明日の夜にはここら辺も通過する恐れがある。そのためか、風の戦慄きはあれど、人の気配はなく、まるで街そのものが眠りについているようだった。
真夏とは思えないほど冷えた、月の明るい夜。
その夜にひっそりと佇む青年。まさに。あの小説のようだった。
「なぜ三日なのかしら」
三田が問いかければ、青年は「だって人は言うじゃないか」と返す。
「ああいうのは人生の墓場だって。三田薫という人間は、三日後にはいなくなる」
まるで自分は人間ではなく、君たちを観察しているのだというような物言いをする青年。
けれど三田はひとつ頷いて「確かに三田薫という人は三日後にいなくなる」と返した。
それは事実だった。
そして三田が決めたことだった。
これから三日後。八月の終わりに三田薫という自分はいなくなる。だからこそこの数日間、身の回りの整理をしていたのだ。
お盆前の役所にかけこみ、銀行にいき、携帯ショップにいき、家族とかしこまった食事会をして、遠い親戚にも珍しく手紙を送った。全て、三田薫という人間がいなくなるからだ。
三田だって、まさかこんな決断を自分がするのだなんて思っていなかった。
けれどどうしようもなかった。
それは三田が決めたことだったが、けれど、どこかでなにか三田にも抗えないような……運命のようなものを感じたのも確かだ。例えばこれが墓場にいくようなものであっても、彼と出会った三年前に戻ったところで、結局この結末を変えることはできない。
だから目の前の黒ずくめの青年のいうように、三田の青春があと三日になるとしても、それでもそれを後悔することはできなかった。故に。いま三田にできることは嘆くことではない。あの小説の主人公のひとりのように、ただただ終わりを嘆くことはしたくはない。ただ、ではなにができるかといわれたら、それはうまく思い浮かべることができなかった。
「あと三日しかないとしたら、そしたら私はなにをすればよいかしら」
だからそのまま青年に問う。彼のほうが三田よりもずっと三田のやりたいことを良く知ってそうだったからだ。
青年は一瞬だけ、目を丸めて。けれど直ぐに。
「例えば」
口元に手を当てて思案した。
「例えば……旅行に行くとか」
「台風が来るというのに、そんなことはしたくはないわ」
出された提案を冷静に却下する。旅行に出かけるには、あまりにも風は強く、危うかった。
「ライブとかスポーツ観戦とか、そういうのも軒並み中止になっているみたい。キャンプなんてもっての他ね」
青春を謳歌している人たちがなにをしているのかというと三田にはあまりピンとこなかったが、しかし提案される前に紡ぐ。
「ならば君のことだから一人で書店に行くとか」
「それは青春が終わってもできるわ」
「喫茶店に行くとか」
「あら。私の旦那さんに成る人は、一人でカフェに行かせてくれないほど心狭い人ではないわ」
三田はそこで青年を見つめて「違うかしら」と問いかけた。
青年は「違わない」と口にして、そして次に「困った」と呟いた。
「君のやりたそうなことは、まるで青春が終わったあとも出来そうなことばかりだ」
やっぱり青年は三田のことをよくわかっていた。その通りだった。三田のやりたいことは十代の女性がやりたいことのなかでは落ち着きがあり、一人でもできて、青春と呼ぶには少しばかり地味だった。世の中の人たちのイメージする青春からはちょっとばかり離れていて、あの三日の間にやらなくてはいけないというものではなかった。
青年は三田のそういうところを、正確に理解していた。けれど。
ひとつだけ、気づいていなかった。
だから三田は青年の手を取る。
「あと三日の内に、デートをしたいわ」
青春らしい青春を送ってこなかった三田だったが、やりたいことが一つだけあった。
「貴方と、恋人らしいことをしておきたいわ。この天候だから……貴方の部屋とか」
お家デートというのには憧れがあるわ、と。
口にすれば、青年は「え?」と間抜けた声を漏らす。
「けれど君。三日後には君、結婚するじゃないか……私と」
旦那とのデートなんて、これから先、嫌でもできるじゃないか。
そうもごもごとと紡ぐ青年に……三日後に旦那に成る人に。
「旦那とのデートはこれからでもできるけれど、恋人としての貴方とのデートは結婚したあとは出来ないわ」
結婚が人生の墓場というのなら、たしかに三田の青春はあと三日だった。
三日後には、三田薫ではなく、相馬薫という名前に変わる。
三田薫という人はいなくなり、目の前の青年の妻になった自分が生まれる。
それは三田の選んだことで、後悔はしていない。けれど。
もし、結婚する前の三日間。
この残された青春をなにに使うのかと言われたら。
「私の青春はあと三日しかないわ」
だから、と。手を握って。
「デートをしてほしいわ」
三田が謳うように告げれば。青年は。……三日後に旦那となる彼は。
暗闇でもわかるくらい、顔を真っ赤に染めあえては。
「……俺の青春もあと三日しか無い」
から、と。どもりながら。「だから一緒に出かけたい」と。そうして三田の手を握り返したのだ。
「君の青春はあと三日しかない」 蒼埜かげえ @mothimothi7
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