4.森の中で野宿するお話
異世界の森で蛇を食べる。
口の中に広がるのはパサパサとした触感だ。鶏肉に近いし小骨もなさそう。
「地球で蛇なんて食べたことないから違いが判らないが異世界蛇は美味い。鳥のささみに近いなこれは」
「ぎー!」
ブリンは耐えきれなくなって鍋の中から焼けた蛇肉をとっていく。
「まっ……まー!」
「わかったよ、ちゃんと噛んで食べろよ。というか雑食でいいのか?」
マーチャンが今までで一番大きい声で鳴いたので、肉を差し出す。
二匹とも、もぐもぐとうまそうに食べている。
「二匹のこと考えて塩入れなかったけど、このままでも十分いけるな。あむあむ」
「まっきゅまっきゅ」
「案外、この蛇を倒して生活していけるのではなかろうか」
「ぎー!」
「ん……うぉおおおっ! こ、こら、蛇の頭なんか持ってくるんじゃあない!」
ブリンが何を思ったのか切り落とした蛇の頭で遊んでいた。
倒した自慢したかったのだろうか。こちらに見せてくる近い。
「おそろし……牙に毒があるかもでしょ。ん、頭に宝石が」
「ぎ」
ブリンも気づいたのか、頭についていた宝石をとってこちらに渡す。
アムスネーク Lv3
どうやら死んでも石から情報は受け取れるらしい。
しかも死ぬと簡単に取れる。
「装備についてるのも宝石だし、この世界の宝石はとっといたほうがいいのかな。そこまでかさばらないしリュックに入れるか。よーしよしよし、ブリンは賢いぞ~」
「ぎっぎっぎ」
「まっぷ……まー!」
マーチャンの全身が総毛立ち俺の頭に飛び込んでくる。
「うぉっ……これまた敵がいるのか」
「ぎー!」
「いやまて、まてよ、ちゃんと見つけてから……」
目を凝らしてマーチャンの示す方向に、ゴブリンがいた。
どうやらここで焚火をしていたせいで気づかれたみたいだ。
「しかも二匹いるな」
「ぎっぎぎ!」
ブリンが勇猛な鼻息を鳴らしながら、今にも飛び出しそうだ。
俺としては命のやり取りなんて一日にそうしたくないのだが、
「……腹くくるか。ここは異世界。今の俺たちゃ蛮族だ!」
「ぎー!」
「まー!」
頼りになる小さい仲間が二匹もいるのだと、三人で雄たけびを上げた。
*
日が暮れ始めると、モンスターたちのざわめきも森の奥深くへ潜められる。
俺たちはまだ森の中にいる。
しかも最初に蛇を食った場所でまた新しい蛇を食べ終えたところだ。
俺は今日覚えたことを記録しようとメモを取る。
「メモメモ。遭遇した敵はゴブリン十三匹にアムスネーク三匹。最後の五体同時ゴブリンの襲撃は最初こそヒヤッとしたが安定した突破ができた。ブリンのおかげだ」
ブリンは焚火を火をぼんやりと眺めている。
マーチャンはブリンの頭の上で同じようにぼおっとしていた。
「実際にブリンはかなり強かった。頑丈で同じゴブリンを複数相手にしても怯むことなく戦い続け、傷もほとんどない。考えられる理由は、俺の隷属能力強化が関係していると思われる」
俺はブリンの背中にある宝石に触れる。
ブリン ♂ 2歳 ユイに隷属
Lv16
ブリンは俺を見るや顔を輝かせて頭をこちらにこすりつけてくる。
その拍子でマーチャンが落ちて、不機嫌に俺の頭に乗りなおした。
俺は触れてほしいことに気づき、ブリンの背中を撫でてやった。
「この見た目も慣れてくると愛着がわくんだよな。他のやつより愛嬌あるよ絶対」
「ぎー」
「今日はありがとうな。ブリンが前衛をしてくれたから俺は安心できたんだ」
俺はリュックの中にあった鍋を取り出して、魔法でお湯を落とす。
「魔法は攻撃には使えないが生活には使える。水は飲み水に有効だし、火のイメージを少し混ぜるだけで温かいお湯になる。やりすぎると熱いので調整が必要」
俺は鍋の中に入れたお湯にタオルを浸して、自分の体をふいた。
「サバイバルをしていても体を洗えるのは本当に助かる。お風呂大好き俺としてはきついが。次マーチャンな」
「ま……まー!」
俺は頭の上にいたマーチャンを捕らえて体をふいてやる。
マーチャンはかなり嫌がったが、
「我慢してくれ。お尻だって汚いだろ」
「ま……」
俺が頼み事を言うと、隷属者はそれに従ってくれる。
「隷属者という関係性はまだ把握しきれないが、俺のお願いは多少嫌がっても従うようににはなってるっぽいな。あ、ブリンは体ふくからな。抵抗しちゃだめだぞ」
「ぎー!」
二匹をほかほかに洗ってあげる。
次に別のタオルで歯も磨く。
鍋に熱湯を入れタオルを消毒した後は、ブリンとマーチャンの歯も磨いた。
「ほら歯を磨かないと。これから一生付き合ってく部位だぞ」
「ぎ、ぁぎ!」
「ま~……」
二匹が互いに歯を磨かれている間、震えてこちらを見ていた。
こいつらのためだから、少しくらいは許してほしい。
「ふぅ……」
俺が全員洗い終えた後は、二匹にちょっと警戒されてしょんぼりする。
「ほら、お湯作ったからこっちおいで」
「ぎー……」
「まー……」
二人にお湯を飲ませたあとに、俺は今日手に入れた草を湯に入れる。
ブリンが怪我に塗ったり食べていた薬草だ。
森に結構あったので俺も取ってお茶にしようと思った。
「お茶はいい感じに渋いな。ん、ブリンもこれの味がわかるか?」
「ぎ」
ブリンは鍋に口をつけてお茶を飲んで温まる。
マーチャンは渋いのが苦手なのか、ちょっと舐めてぺっぺする。
一通り寝る前の準備を終えると、火を消して電車に向かった。
「夜はどうなるかわからんから、電車の中で寝ような」
「まー」
「マーチャンを頼りにしろってことかな。確かに危険探知みたいな能力あったけど、寝ていても使えるタイプなのかな」
どちらにせよ寝ずの番ができるほど人材が充実していない。
電車は最初に来た場所から何も変わらずそこにあった。
「中も荒らされた感じないな、俺の置いてった仕事カバンもそのまんまだ」
まだ暖かいから毛布はいらないが、雑魚寝は痛いかもしれない。
「電車の椅子を倒して横並びにできれば……っと」
「まー」
「ああもう寝るよ、おっと」
マーチャンが頭の上から俺の胸に飛び込んでくる。
俺としても冷えないよう抱いて寝るつもりだったので助かった。
よし、このまま、
「ぎ……」
横になろうとして、ブリンがじっとこちらを見ていた。
もしかして俺たちと一緒に眠りたいのだろうか。
とはいえ、2歳のオスゴブリンだし一人で寝ることなんて慣れっこ――
『子供は女の子の方が欲しかったんだよね』
ふいに、俺が人生で一番家族に言われたセリフを思い出してしまう。
「はは……俺もあんまり変わらないな、ひでぇや」
「ぎ?」
「おいで、一緒に寝よう」
「……ぎー!」
ブリンが飛び込んできて、俺との間に挟まれたマーチャンがぎゅっとなる。
今日はいろんなことがあった。死ぬかとも思った。
でもこうやって一人じゃないまま眠れることが、うれしかった。
「こんなだけど異世界に来てよかったと思うよ、少年。おやすみ」
俺は名前も知らされなかった召喚者に感謝する。
車窓から見える星降る夜に雲がかかり、一人と二匹に帳を落とした。
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