蜜月
医者からの抜糸できるのは大体一ヶ月後、しばらくは安静にするようにという言葉通り、鍋倉は、健太郎を早く抱きたいという気持ちを抑えた。
そして抜糸し、通院最終日、健太郎に付き添い、鍋倉は甲斐甲斐しく世話をやいていた。
夕食をレストランで済ませて、鍋倉の家に向かう。
玄関先でたまらず、健太郎を抱きしめた。
「やっぱり家は駄目? なら今日は、我慢する」
抱きしめた手をやんわり戻された。健太郎の真面目な視線を感じる。
顔を赤くして、健太郎が話してくれた。
「……好きだ。セフレでいいなんて言ったけど……、ちゃんと恋人になりたい」
「俺は、最初からセフレのつもりなんてなかった。ずっと恋人のつもりだったよ。でも、佐々木は他にセフレがいるみたいなこと言うから、俺だけを見てもらうために必死だった」
「……同窓会の日から、ずっと、お前としかしてない」
鍋倉は、また強く抱きしめて、健太郎の耳元に唇を寄せて言った。
「たくさん、触りたい。お風呂一緒にはいっていい?」
うん。と頷いた健太郎の首筋が赤く染まっていた。
湯船に浸かりながら、結婚のことと離婚のことを話した。
その時は、本当に彼女を愛してたし、結婚して良かったと思っていた。
でも、仕事が忙しい時期で、一緒に生活しているのに、ろくに話す時間も取れなかった。
わずか半年で別居に至った。
今思うと、仕事が忙しいというのを理由に彼女との生活を避けていた節はあった。
そして結婚して一年で離婚した。
湯船には、鍋倉の足の間に健太郎が、こぢんまりと後ろ向きに座っている。
浅くなった湯船のをお湯を健太郎の肩にかける。
「実は、高校の時、佐々木に告白したけど、あまり覚えてないんだ……振られたから記憶を消したかったのもしれない」
「……!」
驚いて振り向いた健太郎の顔に、くすりと笑う。
「でも、佐々木が小説家になって、その本を読んでいるうちに、昔の感情も思い出したんだ……佐々木は、やっぱり凄いよ。だから好きになったんだ」
ポカンとしている健太郎の頬にキスをする。
うまく言えないけど、健太郎の小説が俺の気持ちを揺さぶったんだ。
仕事が乗っている時も、疲れた時も、プライベートが大変だった時も、必ず健太郎の小説が支えてくれてた。
小説に出てくる人物を、勝手に健太郎自身の存在に置き換え、支えにしていたのかもしれない。
――少々、気持ちの悪い奴だな……。
それを話すのは、また今度にしよう。
のぼせそうな健太郎の体を支えながら、顔をマッサージするように洗う。
気持ち良さそうに目を閉じている顔は、凄く魅力的だ。
首筋と鎖骨に手を伸ばし、さするように体を触る。
「……鍋倉……触り方が……いやらしい」
「いやらしく触ってる」
その答えに、ふふッと笑う。その顔も愛しい。
湯船から出て、健太郎の体を洗う。
布は使わずに、手のひらに石鹸を泡立て、首から胸板、腰をさする。
時折、ぴくりと体を捩らせる仕草が、たまらない。
背中を下に撫でて、臀部に触れる。
もう、健太郎の前は、ヒクヒクとしていた。
「……な……鍋倉……た、勃った」
「うん、責任持つよ。でもまだ、足が洗えてない」
シャワーを流し、泡が排水溝に吸い込まれていく。
健太郎を湯船の淵に座らせ、片足を持ち上げた。
足の指の股を1つずつ丁寧に開かせた。
そして、親指を口に含ませる。
「……! はぁ……、な、なに、してるんだ」
「指、なめてる」
親指と人差し指の間を舐め、今度は人差し指を口に加える。
「ば、馬鹿、変態……うっ」
悪態をつきながらも足を振り払おうことはしない。
「たくさん、触りたいって……言ったろ」
指を舐めながら、感じている健太郎の顔を凝視する。
眉間に皺を寄せ、口を結び、堪えている顔に興奮する。
みるみる、昂っているものを見ながら、これからもっと乱れる健太郎を想像する。
「健太郎、上がろう……ベッドで、しよ」
恨めしい視線を感じながら、風呂から上がらせて、体を満遍なく拭く。
途中昂りに触れ、健太郎の腰が、ガクッと落ちた。
「好きだよ。健太郎……大好き」
健太郎の体にキスをして、ベッドに向かった。
最近、海外出張が多い。
仕事だからしょうがないけど、鍋倉は少しイライラしていた。
せっかく、健太郎と恋人同士になれて、ラブラブな毎日がおくれているというのに。
アメリカの出張は、短くても二週間だ。
健太郎の仕事も起動に乗って、ますます忙しくて、中々会えないのに……。
――もしかしたら、海外駐在になるのかもしれない。
予感はある。アメリカと仕事してることが多いのだから、当然かもしれないが。
もし、もし、そうなったら……健太郎はついてきてくれるだろうか。
仕事は、新しく始動させたもので、ロボットの技術を必要とするため、鍋倉がリーダーとして声がかかった。
主な指揮は日本からなのだが、アメリカで開発することになるので、どうしても出張が多くなる。
そんな出張前に、部のマネージャーに呼び出された。
「鍋倉、アメリカで仕事する気ない? 早い話しが駐在」
――やっぱり、きたか。
本音を言うなら、行きたい。
この仕事の話をもらった時から、やるなら、行ったり来たりするより、アメリカに住んで、腰を据えてと思っていた。
休みの日、健太郎を誘って温泉旅行に来た。
八月の終わり、遅くにとった夏休みだ。
まだまだ、外を歩くのは暑いが、宿の中は快適だった。
付き合ってはじめての旅行だ。健太郎も浮かれている。
「俺、久しぶりに来たよ……この硫黄の匂い、来たーって感じだな」
愛しい恋人が、はしゃいでいる姿を目を細めて見つめる。
今日、駐在のことを話そう。
一緒に来て欲しい……まるでプロポーズのようだ……緊張する。
風呂に入り、食事を済ませた。
緊張の面持ちでいるのが、すぐにわかったようで、健太郎が声をかけてきた。
「鍋、ま、雅樹……さっきから落ち着きないけど? どうした?」
付き合い始めて、名前呼びするようにしようと持ちかけて、今日は鍋倉のことを雅樹と呼んでくれた。
「健太郎……俺、アメリカに駐在が決まったんだ……一緒に付いてきて欲しい」
「……そうか、アメリカに行くのか」
人ごとのように言う健太郎に対して、怖くなった。
「……アメリカ行き、考えて欲しい」
今言える、精一杯を伝えた。
「わかった。考える。考えるよ……」
その日のセックスは、健太郎の意識がどこかふわふわしていて、真っ直ぐ、俺を見てくれなかった。
蕩けた体を預けてくているのに、どこか心が遠い気がした。
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