高校時代の告白
気が付いたときには、病室で、隣に英子が座っていた。
意識が戻ったことに気づいた英子は、健太郎の手を握って、泣きながら謝っている。
なんでこうなったのか意味がわからず、ぼんやりしていると、看護師と医者、警察官まで入ってきて、ことの成り行きを説明してくれた。
健太郎を殴った犯人は、英子のストーカーで、会うために、直接店に出向いたが会員制のため入れない。
そこに、たまたま出てきた健太郎がターゲットとなってしまった。
犯人が、血だらけのナットを手にもって店に現れたが、有段者の英子に一撃された。
で、店のドアに挟まって、頭から血を流している健太郎を見つけた。
「店のスタッフとか他の客とかは、無事だったんだろ?」
うん。うん。と泣きながら頷く、英子に、「それなら良かったよ」笑って言う。
健太郎の傷は、頭ではなく、こめかみの辺りで、パックリ開いてしまった傷口を数針縫うだけで済んだ。
倒れた時に、頭を打って失神したことから、脳の検査をしてもらったが、異常なしと診断された。
刑事事件に巻き込まれたということは、親が来ているのだろうな……。
一人息子が、会員制のゲイバーに通っていたことを知って、病室の外で落ち込んでいるかもしれない。
それをどうしたものか考えるだけで、頭が痛くなる。
「頭痛い……」
病室に入ってきた鍋倉が、心配そうに顔を覗き込む。
「……なんでいるの?」
その問いに、ムッとした鍋倉が、携帯の画面を見せた。
店を出る前に、話があるから会いたいと意味深なメールを送りつけて、連絡取れなくなったことを、怒りながら教えてくれた。
残った着信を見つけた英子が鍋倉に連絡をしてくれたらしい。
「ごめん。心配かけた」
「佐々木のおじさんとおばさんも、すごく心配してたよ」
「……! 会ったの?」
小さくため息をついて話し始めた。
「佐々木、覚えてないかもしれないけど、俺とお前は、高校入ってすぐの頃は仲良かったんだよ。お互いの家に行ったりしてたから。親も知ってるし……なんならさっき、ご機嫌に挨拶されちゃったよ」
「……嘘だろ。ゲイバーで倒れてたんだぜ。そんなご機嫌なはずがない……」
そこへ英子が割り込んできた。
「うちは、会員制ってだけで、ゲイじゃなくても入れるわよ。昔から通ってるくせに、そんなことも知らないの?」
さっきまで、しおらしく泣いていた姿はどこへやら、いつもの悪態をつく英子に戻っていた。
「おじさんも、おばさんも、怪我したことは凄く心配してたけど、俺がついているって話したから、安心して帰って行ったよ」
――とりあえず、親の機嫌が良かったことは安心した。
「いろいろ、ありがとう。親にはあとで電話しとくよ」
そうだな。と言い、鍋倉の優しい瞳が、健太郎を見つめ、手を重ねる。
「ほんと、たいしたケガじゃなくて良かった」
鍋倉の右目の上に傷の痕を見つけた。前髪かかっていて、よく見えなかったが、その傷のことを昔も話したことを思い出した。
「告白してくれた時、お前の垂らした前髪が、気持ち悪いって言って……俺、振ったんだよな」
それから、気まずくなって、避けた。
鍋倉の形の良い口の端が上がって、ふっと笑った。
「そうそう、前髪が気持ち悪いっていう、理由だった……佐々木は昔からお洒落だったからな、俺なんてダメか。と思ったよ」
「ち、違う、すごく困ったんだ。告白されたの初めてだし、俺のクソつまらない理想があって……すごく、くだらない理由で振った……外見だけにこだわって、中身がないのは昔から変わってないんだよ。俺ダセー奴」
手を伸ばし、鍋倉の右目の上にある傷跡を指でなぞる。
「傷、隠してたんだろう? 今は薄くなってるけど」
「覚えてた?」
「思い出した」
傷は、中学を卒業してからの休み中に、たまたま転んで、石垣の角にぶつけて切ったという間抜けな理由だったこと。
高校入ってすぐの頃、変なふうに前髪を垂らした鍋倉を、少し気味悪がった。
でも、話してみると面白い奴で、凄く気が合った。
「お前と同じところに傷ができたのかな? お揃いだな」
健太郎が、笑って言うと、鍋倉の垂れ目がさらに垂れて、健太郎の頬を撫でた。
「傷が残ったら大変だ」
「俺は、お前と違って、前髪で隠すことはしない。元がいいからな。傷も、なかなかワイルドな感じで似合うだろ」
病室には、鍋倉と健太郎だけになっていて、窓からは差し込む西日に、二人の影が重なる。
「退院したら、いっぱい愛するから」
耳もとで囁かれて、健太郎の首まで、真っ赤になっていた。
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