本当、うそ
本当なんて、誰が決めるのか。
本当なんて、人それぞれ。都合のいいことを本当だと思い込みたくなる、それが人のさが。
自己満足のためなら人は事実さえもねじ曲げる。
黒色、と聞けば色を思い浮かべることが出来る。もちろん白色を見たことがあるから思い浮かべることが出来るけど。
黒色を白色だと言った人がいるとして、その人にとってはカラスは白いカラスになる。カラスの色は白色だということがその人にとっては本当なんだ。
本当こそが嘘だと言ってもいい。本当と嘘の境界線は恐ろしくあやふやだ。世の中はそんなあやふやな本当と嘘の積み重ねで形作られている。
私の左眼が映す線だけの世界も、私にとっては本当で、他の人にとっては嘘になる。
私の左眼が映す当たり前の風景は私とっては嘘で、他の人にとっては本当なんだ。
厳密に言えば両方見える私は、本当と嘘の境界線に立っている。精神的な立ち位置ではなく、眼で見えるのだから物理的な立ち位置。
本当と嘘の境界線上は生きづらい。左眼に映る空っぽな世界。右眼に移るありふれた世界。片方だけなら、その世界だけで生きていける。誰かの話に共感できる。
でも私にはそれが出来ない。「この洋服可愛いでしょ」「この髪型カッコイイだろ!」「私の声綺麗でしょ?」そんなとこを言われても、私には空っぽな世界が見えるから、可愛いともカッコイイとも綺麗だとも。共感ができない。共感ができないんだ。当たり障りのない答えは返せるし、どうせその答えでみんな満足する。だから生きていける、生きづらいだけで。
どちらの世界が本当なのか。どちらの世界で私は生きていればいいのか。中途半端な私に、居場所なんて無いのではないか。あやふやな境界線上にいる私は、あやふやな存在だ。
羨ましい、右眼の世界に生きるみんなが。疎ましい左眼に映る世界が。
左目を潰してしまおうかとも考えた。こんな世界見えなければこんな悩みを抱えて苦しむこともないのだから。
左手の人差し指が、左眼の眼球に触れて。左眼に映るのは、唯一線で見えない自分の指先だった。左眼の視界は真っ暗になり、私は───
───私は、泣いた。怖かった。左眼を失う事が怖かった。痛いから嫌だった。そんな簡単な理由。
私には結局どちらかの世界を選ぶことなんて出来やしない。だから見ないことを選んだ。左眼を潰せないなら、見えなければないことと同じだから。
左眼を隠すように髪を伸ばした。世界を左眼で見ないために。でも全く見なくなったわけじゃなかった。たまに見てしまう、線だけの世界を。
美しかったから、線だけの透明な世界が。黒い線と白い背景。空はどこまであって地面はどこまであるのか。見ただけじゃ何も分からない。空中に浮いている気分になるから、現実味のない透明な世界が好きだった。
壊せない、壊せなくなってしまった。嘘に見える世界を愛してしまった。
だから愛した世界に現れた、嘘みたいな彼を好きになってしまったのだろう。白と黒の世界で色の付いた、世界にとって嘘になる彼を。
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