嘘、ほんと
朝起きて、洗面台にある鏡と向きあう。鏡に映る僕の姿に問いかける。
「ほんとは何処にある?」
もちろん僕から答えが返ってくることは無い。鏡に映った僕は物言わぬ影だから。
影が言葉を持って語ることは無い。影はただありのままの僕の姿を映すだけなのだから。。
嘘にまみれた僕の姿を映す鏡ですら嘘をついているんじゃないか。そんな考えが頭をよぎる。鏡も影も、人じゃないんだから嘘はつかないのに。
「ほんとってなんだろう」
鏡を見てるとよく分からなくなる。僕が僕では無いような、ほんとの僕という存在が別にいるような感覚。ゲシュタルト崩壊を起こしている訳じゃない。産まれてから、僕がどう成長したかも知っている。
小さい頃から、僕の姿はこうだった。僕の声は声変わりはしたけど、この声だった。成長はしても僕の何かが変わった訳では無かった。
逆に変わらないようにと、変わらないために努力した。容姿を維持できるように努力した。ありのままでいられるように。そのままの僕であれるように。
だから変わってない。変わっていないのに、嘘にまみれていると自覚してしまう。
見た目も声も嘘、偽りで。
自分の考えや意思すらも。嘘なのでは無いのかと。
そうであるようにデザインされた存在。もちろんデザインするのだとしたら、それは親だ。親が理想の子供をデザインして産む。もちろんそんなことが出来ればだけれど。
荒唐無稽の虚言妄想。
有り得るはずがない。有り得てはいけない。だって僕は親から生まれてきたんだから。子供をデザインする。デザイナーズチャイルドだとしたら、僕の産みの親は試験管だ。
日に日に自分がおかしくなっているような気がする。気がついていないだけで、僕はゲシュタルト崩壊をしてるのだろうか。嘘に取り憑かれてしまったのだろうか。
自分を構成する細胞一つから、全てが嘘に感じるのに。嘘じゃないと自分が証明してる。茶番で喜劇を一人で演じているみたいだ。
題材は嘘。観客は僕、演者も僕。舞台は学校の教室。美少女が話しかけてくるんだ。
「おはよう、今日も浮かない顔してるのね。貴方」
「おはよう。僕の行動が喜劇に思えてきただけだよ」
「ならジュリエットは貴方で、ロメオが私かしら?」
「あれは悲劇で性別が逆だよ」
「悲劇であり喜劇でもあるらしいじゃない。そして嘘に囚われてる貴方はジュリエットに当てはまりそうだけど?」
「君はジュリエットを連れ出そうとする、ロメオだってこと?」
「私もよく知らないけど。そうなんじゃない?」
嘘に囚われている、そうかもしれない。
もしくは溺れている。そう表現するのが正しいのかもしれない。
何が真実かなんて、まだ僕に分かりはしないけど。
「でも結局二人は恋に落ちて最後には死んでしまう。君も僕も恋に落ちて最後には死ぬの?」
「相手が誰かなんて知らないけど、人生における出来事としてはそうなるんじゃない。誰かに恋して、子供を産んで死ぬ。半分の人間はそうやって生きているでしょう?」
恋愛なんてこの世の悲劇でしかない。実際に会ってみたら印象と違うことだって珍しくはないのだから。それと同時に喜劇でもあるのだろう。愛を育み幸せに生きる。見た目なんて関係ない、内面で人を判断するべきだという考えが世界で一般的だからかもしれないけど。太っていようが、見た目が汚かろうが恋愛には関係がない。恋愛のみならず生活に影響はない。
だってそもそもが美男美女しかいないんだから。容姿が恋愛において気にされない理由の一つだろう。
「僕は変人の部類だよ。こんな僕を好きになる人がいると思う?」
「生き方も容姿も、恋愛には関係ない。気にしているのは貴方だけよ。貴方の周りにひとがいないのは貴方が話しかけずに一人でいるから。現に、私が話しかけたから、私たちはこうして話している。私の言葉に間違いはある?」
「ない」
昔よりも、恋愛は自由になった。人間の生活は自由になった。僕が、僕の人生を不自由にしている。自ら茨の道を選んで歩いている。
「でもこれが僕の生き方だ。皆と一緒には生きられないよ」
いや、きっとこの言葉は正しくない。
「僕はみんなと同じように生きたくないんだよ。ひねくれものだから」
「なら、私たちは似た者同士ね。似た者同士仲よくしましょう?」
「仲良くしたくても出来ないよ。君はまだ僕にとって、友達の境界線より向こう側にいるんだから」
「私がその境界線を越えて、貴方の隣に立ったら友達になってくれる?」
「その時はもちろん」
「約束よ、その時を楽しみにしてて。私は必ずあなたの隣に立つから」
「期待しないで待ってるよ」
まるで告白のような一場面。もしくは友情をはぐくむ一場面。人生における短い青春の煌びやかな一瞬が、僕には色あせて見えた。この約束すらも、光景すらも幻で。瞬きをした次の瞬間には消えてしまいそうだった。
瞬きをして教室を見れば、変わらない美少女の姿があった。
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