本当

 本当を見極めるためには、嘘を知らなきゃいけない。知らないものは、見抜けない。分からないものは見ることが出来ない。だから、嘘を知って初めて本当を知ることが出来る。


 世界が無色透明に感じたのはいつからだったか。私は覚えていない。右眼の瞼を閉じれば左眼で見えるのは無色透明の味気ない世界。まるで線だけで表現された世界。人は輪郭だけで顔が見えない。建物があるのだろうけれど、線しかみえない。空は青くないし雲もない。

 真っ白な背景に線だけが描かれている。

 そんぬ言葉がしっくりくるような世界しか見えない。透明なのに触れられる。透明な場所を歩いていると、まるで空を歩いているような気分になる。

 そして左眼を閉じて右眼で世界を見れば、不思議なことに当たり前の世界がそこにる。私が立っているのは普通の地面だし。空があって雲があって建物があって。人は人としてそこにいる。

 カッコイイ、綺麗、可愛い、大人しい。人を形容する言葉に事欠かない色んな人がいる。当たり前で普通で完璧な世界が右眼には見える。

 私の頭がおかしくなったのか、それとも幻覚を見ているのか。自分がおかしくなったなんで信じたくない。誰だって自分がおかしいと認めたくない。認めることが怖いから。だから左眼を隠すことにした。私にとって都合の悪い左眼を隠して。都合のいい右眼だけで世界を見た。


 両目で世界を見ると気持ち悪くなる。二つの世界が見えて気持ち悪くなるから。だから右眼で世界を見て生活していた。でもたまに左眼が治ったかもしれないと、世界を見ればそこはやはり無色透明の世界があった。

 高等学校に入学して、左眼が治ってるといいのにと思いながら。教室を左眼で見た。机も椅子も黒板も。全てが無色透明で、生徒ですら無色透明な世界で。一人だけ、もしくは一つだけ。右眼で見る世界と同じ色をした生徒がいた。初めての経験だった。初めて左眼で色を見た。左眼が少しだけ治ったのだと思って。

 色の付いた彼に声をかけた。自分は嘘だらけだと言う彼は真実しか言っていないから面白かった。

 嘘つきだと言うなら、今この瞬間だけは周りにある全てが嘘になる。だって色がついているのは私と貴方だけなんだから。もしくはその逆なのかもしれない。私と貴方が嘘つきで周りは全て真実なのだと。

 でも私は。私と貴方だけが真実なのだと信じたい。人は信じたいものを信じて生きていくのだから。

 嘘は真になり、真は嘘になる世界で。

 真実と嘘を分けるのは結局、人間個人の価値観だから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る