「マスク社会」
紺狐
第1話
感染症が流行していた時代は過去のものになったけど、人々はマスクをつけるのをやめなかった。
顔を綺麗に見せるものとして朝から晩までつけている。
真夏だろうと、水の中に入ろうと、新しい技術のおかげで何の問題もなく使えるのだ。
おじいちゃんは若者たちのことを「気持ち悪い」って言うけど、マスクを外した顔なんて気持ち悪くて見せられない。
自分は自分をかわいく見せるためにマスクを付ける。マスクが肌を綺麗にさせる。そこに髪を伸ばせば完璧でしょ?
だからほら、今だってみんなが私のことを自慢する。
「うちのクラスにすごい美人なやつがいるんだぜ」
心臓が高鳴る。そうだよね、自分は美人だよね。でも、皆容姿ばっかり。誰も本当の自分を見てくれる人はいない。いつだって男子は顔しか褒めてくれない。
そんなある日、とうとう内面を見てくれる人が現れた。
「冴えない僕でも毎日話しかけてくれる君の明るさが好きなんだ」
今までに五人の男が言い寄ってきた。飽き飽きしてた。でも内面を好きだと言ってくれた初めての男だから、一月だけ付き合ってみてもいい。
結局半年付き合った。さりげなく髪についた毛玉を取ってくれる、泣きたいときに何も言わずに隣にいてくれる。そんな彼だった。
それなら、ずっと側にいてもいいかもしれない。ずっと側にいたい。彼の前なら、マスクを取ったありのままの自分でいられると思っていた、のに。
付き合ってちょうど半年、デートの帰り。疲れて座った広いベンチに、二人で肩をくっつけて座った。
「ねぇ、しようよ」
意図が分からない彼ではなかった。何秒か悩んで無言で頷いた後、二人で一緒に、顔面全体を覆うマスクを取る。後は唇を重ねるだけ。
その時浮かべていたあの表情が忘れられない。
「お前、男だったのか」
ねぇなんでよ。明るさが好きなんでしょ。内面が好きなんでしょ。
なんでそんなに、困惑したような表情をするのさ。
付き合っていた、男がまた一人増えた。
「マスク社会」 紺狐 @kobinata_kon
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