第6話

[小三次、ずいぶんとご無沙汰だねぇ] 

 彼は夢とうつつの間で、お頭の声を聞いた。起きなくてはと思っても、重いまぶたは開いてくれない。やはり、自分はここで死ぬしかないのだろうか。遠くの方で鳥の声がする。もうそろそろ、夜が明ける時間だ。その前に、お頭を始末しなければ。明るくなってからでは人に見られてしまうかもしれない。だから、早くこいつを...


 小三次は無意識のうちに、さらしの巻かれた右の手首を触っていた。さらしの上からでも、その硬さがわかる、不気味な、うろこのある腕。これのせいで、幼い頃から、いつも疎んじられてきた。人のかたちをしていない、醜い化け物として。

 うろこは、小三次が成長するにつれて、体の至るところに、飛び火状に、どんどん広がっていった。手首から背中、背中から腹部へ、腹部から首筋へと...

 小三次より後に引き取られてきた盗賊団の仲間たちは、彼の体のことを知らなかった。恐ろしいお頭への復讐のときでさえ、面倒見のよい小三次を兄貴、兄貴と慕ってついてきてくれたが、もし何かの拍子にうろこのことが露見していたら、どうなっていただろうか。


ーあいつらも、異形の俺を毛嫌いし、恐れ、殺そうとしたかもしれない。ちょうど自分が、化け物のお頭を、この世から抹殺しようとしたように。


 いや、自分がお頭を殺そうとしたのは、奴が怪物だからだとか、そんな理不尽な理由ではない。あの男が、親の仇で、さらには俺の体のことを知っていたからだ。これから人の世で暮らしていく以上、[小三次、皮膚病の薬は入り用かい]などと思わせ振りな微笑を浮かべながら尋ねてくるお頭を、生かしておくわけにはいかなかった。俺は、お頭のような妖怪でも、異形でもない。あいつとは違って、正真正銘、[普通の]人間として生きるのだ。


[小三次、人間は勝手だね]


 お頭はこちらの葛藤には気づかないようで、一方的に話を進めていく。


[水を清めても、すぐに使いきって汚すし、魚を放しても、他の生き物の分まで取りつくして、全部自分たちだけで食べてしまう。奪うこと、壊すことしか能のない、害獣のくせに、何でもできるような顔をして]


 かつて[山の神]として祀られていたあやかしは、残念そうに呟いて、ほこらの屋根の、崩れた欠片を拾っていた。


[自分勝手なのは、あなたも同じだ]


 小三次は自分の声の大きさに驚いた。彼がお頭に口答えするのは人生で初めてのことだった。お頭の反応に怯えつつも、彼は必死に次の言葉を紡ぎ出す。


[山の掟なんか何も知らない俺の両親を殺して、俺のことも、その場かぎりの思いつきで勝手に拾って、助けたつもりで、いい気になりやがって...]


 鞘にしまったままの、右手の刀の切っ先で、お頭の頬を力一杯ぶつ。殴られた衝撃でお頭は地面に崩れ落ちた。口の中を切ったのか、彼の口元からは血が垂れていた。


[本当は、俺だって、あんたなんかの世話になりたくなかった。あんなつらい思いをしてまで、生き延びたくなかったんだよ]

 

 最後は、獣の叫び声にも似た、悲鳴のような声が出た。お頭はしばらく何も言わずに、小三次の方を見ていた。今までにない、穏やかな表情に、小三次は戸惑った。


[そう、それならもう、これで終わりだね]


 その目には、既にいつもの残虐性はない。ただ成獣の、我が子を慈しむ、優しい眼差しだけが残っている。


[さようなら、小三次。これでもちゃんと、お前のことを愛していたんだよ]


 お頭の体は、満月と同じ色味の、青白い光を発し、巨大な白蛇の姿へと変化していった。しかし、その鋭い牙が小三次の首筋へ届く前に、蛇の巨体は力を失い、朽ちた落ち葉の積もる大地に崩れ落ちた。


 

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