生禿

天西 照実

なまはげ


 ひと昔前に、ゆるキャラが流行った時期があったでしょ。

 各県のゆるキャラも公式に決定しましょうみたいな。


 当時、秋田県に住んでいたから、テレビで見てたんだよね。

 県知事が『秋田と言えば秋田美人と男鹿おがのなまはげ。秋田美人は秋田に来ていただければ沢山会えますから。キャラクターのモチーフは『なまはげ』に決定しました』

 って、話してたのをよく覚えてる。


 政治家も、このくらいユニークな発言が出来たらいいよねーなんて。

 他人事な感じで見てた。

 だって、私は秋田生れだけど美人じゃないし、秋田と言えばなまはげって言われても、『悪い子はいねぇかー』ってなまはげが来るのは男鹿半島っていう地域だから。

 秋田県全域の風習って訳じゃないからね。

 だから県のイメージではあるんだろうけど、自分には関係ないキャラクターだと思ってた。



 でも、ある年の冬に来たんだよね。なまはげ。

 けっこうな勢いで雪が降ってて、近所も凄く静かな夜。

 うちの玄関をドンドン叩きながら『悪いごはいねがー』って。

 わざとらしい訛りでね。


 うちは、両親そろって夜勤になる事があって。

 そういう日は近所の友だちが遊びに来るから。

 てっきり、友だちのイタズラだと思ったんだけど。

 変なガラガラ声を出してても、やっぱり友だちの声じゃないって気付いたんだよね。


 玄関扉の覗き穴から見てみたら、ちゃんとなまはげのお面をしてた。

 一般的ななまはげは、赤だったり青だったり緑とか茶色も居るのかな。

 その夜のお面は、青いなまはげだった。

 ちょっと太り気味な体格で。


 その頃に、たまたま見た海外のニュースでさ。

 ハロウィンでお菓子をもらいに近所を回ってた子どもたちが、間違えてウェルカムじゃない家に行っちゃって。

 その家の人は英語が通じなかったかなにかで。

 トリック・オア・トリートを、強盗だか金を出せみたいな意味と聞き違えて、仮装した子を銃で撃っちゃった。

 そんなニュースを思い出してね。


 青いなまはげも、イタズラに来る家を間違えてるのか、うちを狙った強盗なのか。

 どちらにしても居留守を決め込んで、居なくなるのを待つしかないでしょ?


 夏だったら、網戸にしてる窓から入って来られたらどうしようって、慌てたかも知れない。

 でも真冬の雪の夜に、戸締りガッチリしてない事はないから。


 うちの親の防犯意識も高くて。

 当時にしてはハイテクだった、玄関モニターのセンサー録画が作動しててさ。

 呼び鈴を押さなくても、玄関に人が近付くとセンサーが反応して自動的に録画を始めるの。それにちゃんと録画されてた。


 5分以上、玄関をドンドンやってたかな。

 やっと、諦めて帰ってくれるみたいで。背中を向けてね。

 覗き穴から、門に向かって戻って行く後姿を見てた。


 なまはげって、蓑だか剛毛だか。

 お面にバサバサな髪の毛がついてて、男鹿のなまはげもそれをスッポリ被るような感じだったんじゃないかな。

 うちに来た青いなまはげは、顔部分のお面だけだったんだよね。

 あきらめて帰って行く後姿がさ……。


 生禿だったんだよね。


 つるつるのスキンヘッド。

 秋田の雪の夜なんて、滅茶苦茶寒いのに。

 5分以上、外に立たせちゃって申し訳ない気持ちになっちゃった。

 後頭部が冷えすぎたせいで脳梗塞を起こして、家の前で亡くなってたりしたらどうしようなんて。

 玄関を叩かれるより、そっちの方が怖かったかも。



 その人は近所でも同じことやって、通報されたみたい。

 夜勤明けで帰って来た親も、玄関モニターの録画を見てお巡りさんと話してた。

 その人は強盗じゃなくて、自分もなまはげになりたかったとか、女の人がビックリしてるところが見たかったとか言ってるタイプの不審者だったみたい。


 でも、なまはげが身近な地域ではあるからね。

 なまはげでも、ハロウィンの仮装でも、サンタさんでも。

 海外では道化師の変装をして、夜中に訊ねてくる不審者なんてのも有名らしい。

 田舎でも戸締りは『安心』ってものだし。

 不用心に玄関を開けるのは危険だよねっていう、よくある話。


 あなたの家にも、見知らぬ存在が訪ねてくるかも知れない……。


                                   了

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生禿 天西 照実 @amanishi

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