第10話 冒険の終わり



 トンボたちは、ビルが立ち並ぶ大きな街からだいぶ離れた郊外にいた。

川を見下ろす公園で、青い花を探していたのだ。


「暑いぃ~!」

ぐったりしてハゴロモが喚いた。

「ホントに暑いのう」

クロスジもバテている。


 虹のふもとを追いかけて、西に東に飛び回った。

何日も何日も探し続けた。

が、虹のふもとはおろか、虹にたどり着くことさえ出来なかった。



「おい、ホントにこっちだったか?」

「うん、こっちの方だった」

昨日の虹は大きかったが、虹に向かってるうちに日暮れになって消えてしまった。

「滅多に出ない上に、突然消えるからなぁ」

「消える虹をどうやって追いかければいいのかのう」

東屋の影、笹藪の枝にトンボたちはとまった。



「虹のふもとはこの辺りだったはずだ」

「うむ。じゃが、青い花がないのう」

サキグロとクロスジは伸びあがってキョロキョロしている。

「はぁ・・・」

ハゴロモはこっそりとため息をついた。



「ん? どうした?」

サキグロが顔を向けた。

「なんでもない!」

「疲れたのか?」

「うううん、そうじゃないの」

「なんだよ?」

「なんでもないってばぁ!」

ハゴロモはツーンとそっぽを向いた。




「あんたたち、この暑いのによく飛び回っていられるわね」

「え?」

東屋の中で寝そべっていたネコが、伸びとあくびを一緒にしながら話しかけて来た。

「オレたちは青い花を探しているんだ」

「はあ? こんな暑い日はセミだっておとなしくしてるわよ」

「そうなの?」

「当然でしょ?」

ネコは後ろ足で耳の後ろを何度か搔くと、毛を膨らませて身震いした。



「セミだっておとなしくしてるって!」

ハゴロモが言った。

「なんだよ?」

「暑いんだもん!」

プンプン怒っている。

「だから山の方に近づいて来てるだろ?」

サキグロが言った。



「だって・・・」

「なんだよ?」

サキグロが言うとハゴロモはしばらく黙った。


「あたしたち、このまま飛び回って死んじゃうの?」

「えっ・・・?」

サキグロはたじろいだ。

自分が死ぬなんて考えたこともなかった。

ずっとこのまま、永遠に虹を追いかけていられると思っていた。



「あのセミたちはどうなったの?」

「わかんないよ」

「とっくに七日過ぎたよね?」

「・・・」

サキグロは黙り込んだ。




「あんたたち、なんで青い花なんか探してるのよ?」

突然ネコが、寝転がったまま声をかけた。

「オレたちは世界の果てが知りたいんだ」

「世界の果てぇ~!?」

「うん」

「はあ~、なーに言っちゃってんの?」

ネコは手足を投げ出して、横向きに寝そべってしまった。



「もう少し探すか」

サキグロはクロスジを振り返った。

「そうだの」

飛び立とうとした。

と、ネコが片方だけ目を開いた。

「ちょっと待ちなさいよ。あんたたちトンボでしょう?」

「そうだよ」

「この辺のトンボはみんなトンボの楽園に行っちゃったわよ」

「トンボの楽園?」

「そうよ。こんな暑いところにいると死んじゃうんだって。だから涼しい高原に行くんだって」

「涼しい高原?」

「そう。そこでいろんな経験を積んで大人になるんだって」

「そうなの?」

「そうよ。あんたたち、こんな所でもたもたしてていいの?」

「はあ・・・」

「死んじゃっても知らないわよ?」

サキグロは返事に困った。



「でぇ、相談なんだけどぉ~」

戸惑うサキグロにはお構いなく、気安い感じでネコが続けた。

「なんですか?」

「あたしも連れてってくんない? その涼しい楽園へ」

「はあ?」

目を白黒させるサキグロ。

「あは、そんな顔しないの。冗談よ」

ニッと笑うとネコは目を閉じてしまった。



「あ、そうそう、夜になると高原行きの列車が来るわ」

顔を上げるとネコは言った。

「ああ、駅だね」

「違うんだなぁ。それは人間の乗る電車。高原行きは、夜になるとあの鉄橋を渡る貨物列車よ。その日最後の列車だからね。じゃ、おやすみ~」

ネコはそれだけ言うと、うとうとと昼寝にもどっていった。




「トンボの楽園・・・」

サキグロは口の中でつぶやいた。

それは初めて聞く言葉だった。

「トンボの楽園かぁ。あたし行きたい! 他のトンボにおいていかれそうだもの。それにここは暑すぎる。ホントに死んじゃうわ」

そう言うと、ハゴロモはパタパタ羽を動かした。



「虹のふもとはどうするんだよ」

「高原にだって雨は降るでしょう?」

「虹が出ないかもしれないじゃないか?」

「出るかもしれないじゃないよぉー!」

サキグロとハゴロモはにらみ合った。


「きっと出るわよ。海の上にだって出たんだもん」

「う~ん、そうかも知れないけど・・・」

「そうすれば、トンボの楽園で虹を探しながら、ほかのトンボたちといろんなことが出来るのよ?」

ハゴロモがうれしそうに言った。



 サキグロは思った。

トンボの楽園に行けば、ほかのトンボといろいろな経験を積みながら大人になれる。

大人になるとか意味わからんが・・・

それに、虹さえ出るなら虹のふもとを探すことだって出来るだろう。

悪い話ではない。


 でも、もしかしたら高原には虹が出ないかもしれない。

そうしたら世界の果てを知ることは永遠に出来ない。

でも、別のものは手に入る・・・


 なによりここは暑すぎる。

このままではハゴロモと喧嘩別れすることになるかも知れない。

トンボの楽園に行けば、虹のふもととは違う何かが手に入るんだ。

このまま飛び回って、何にも手に出来ずに死んでいくのはイヤだ。


「わかったよ。じゃあこうしよう。あと一日、あと一日だけ虹を探そう。それでダメなら楽園を目指そう!」



 その日、トンボたちは一日中花を探した。

が、青い花は見つからなかった。

夕方になり、夕立か来る時刻になっても、とうとう雨は降らなかった。


「日が暮れるの」

クロスジが言った。

「そうね」

ハゴロモがサキグロの顔を見た。


「オーケーわかったよ、冒険の季節はもう終わりだ!」

サキグロは、怒ったようにこう言った。



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