第9話 小さな公園
トンボたちは夕立を待ち、雨上がりの空を巡って虹を探した。
いくら待っても虹が出来ない日が続いた。
夕立が降らない時も多かった。
激しい雨が、夜まで続く日もあった。
「いったいどこを探せば虹が見つかるんだ」
ビルの屋上でサキグロが嘆いた。
あたりには、大きなビル、小さなビルが続いていて、その隙間にはもっと小さなビルが挟まっていた。
「暑いのう。太陽も暑いし、窓も暑いし、地面も暑いのう」
ガラスとコンクリートで出来た街は、ギラギラとした真夏の日差しと、ビルや路面の照り返しが合わさって、驚くほどに暑かった。
「地面の近くより、ここのほうが風が抜けて涼しいわ」
「そうだの。地面の近くは死にそうじゃ」
路面からはかげろうが立ち上り、人や車が揺らめいて見えた。
「いくら探しても虹は見つからないし、いやになって来たのう」
「ホントね」
ハゴロモはちらりとサキグロの方を見た。
「ああ、山へ向かいながら虹を探そう」
トンボたちは室外機が巻き起こす生暖かい乱流を避けて舞い上がった。
「あの山の方へ行みてみよう」
「故郷の山は遠いのう。だが、いつかは帰りたいもんだのう」
「そうだね・・・」
トンボたちは、今は遠いあやめの谷戸を思い出していた。
いくらも飛ばないうちに小さな公園が見えて来た。
セミの声であふれている。
近づくと耳を覆いたくなるほど大きな声で沢山のセミが喚いていた。
「キミたちは何をそんなに喚いているんだい?」
セミの声に負けないようにサキグロが大声を出した。
「周りを見てみろ。こんな小さな公園でいったいどうしろと言うんだ!」
「どうしろと言うんだー!」
サキグロに向かってセミたちがいっせいに怒鳴り声を上げた。
「好きにすればいいんではないかのう」
「なにぃ!」
「なにーぃ!」
ポツリともらしたクロスジの独り言にセミたちがいっせいに噛み付いた。
「いやいや、すまんかったのう。だが、そんなに怒ることとも思えんが・・・」
「ボクらは七日間しか生きられないんだぞ!」
「それなら、なおさら・・・」
「なにぃ!」
「いや、だからの・・・。ふむ、困ったのう」
クロスジは助けを求めるようにサキグロを見た。
「で、七日しか生きられないキミたちが、こんな小さな公園でいったいなにをやっているんだい?」
サキグロは最初に答えたセミに向かって言った。
「抗議してるのさ」
「抗議?」
「そうさ。七日の命しか与えられていないのに、こんな小さな公園で過ごせというのか? おかしいだろう!」
「おかしいだろうー!」
要求の実現より、抗議すること自体が目的であるかのように、公園中のセミがいっせいに喚いた。
「好きなところへ飛んで行けばいいじゃないか」
冷静なサキグロの言葉は、セミたちをいっそう興奮させた。
「だから! 七日しか生きられないって何度言わせるんだ!」
「七日の命と、好きなところへ飛んで行けないことが結びつかないが」
「なんでわかんないんだよッ!」
「一日も早く自分の気に入る場所を探すべきだと言っているんだ」
「だから、そんな時間はないんだよ!」
トンボたちはやれやれというように顔を見合わせた。
「で、誰に抗議してるんだい?」
ため息をつきながらサキグロが言った。
「世の中にさ!」
トンボたちは大きな家の生垣が作る影で休んでいた。
庭は芝生になっていて照り返しもなく、小さいながらも涼しい日陰が出来ていた。
「彼らは七日間抗議し続けて、何も手に入れられずに死んでしまうだろう」
サキグロはついさっき別れたセミたちのことを考えていた。
「じゃが、七日間飛び続けても、気に入る場所が見つかるとは限らんがのう・・・」
「ほう、クロスジは抗議し続ける方を選ぶのかい?」
「まさか」
「でも、喚きたくなる気持ちはわかるわ。誰もが強いわけじゃないのよ」
「ふむ」
トンボたちは黙り込んだ。
遠くでセミの声がしていた。
「で、あたしたちはどうするの?」
ハゴロモが明るく言った。
「言い訳してちゃダメだ。見つからないなら探せばいいんだ」
「そうじゃの」
「うん」
心なしか日差しが翳ったかと思うと、あたりが急に暗くなった。
涼しい風が吹き始め、雨の匂いを運んで来た。
「あ、雨よ」
「うむ。夕立が来るのう」
トンボたちは軒下に隠れた。
降り出した雨は見る間に激しくなり、夕立が過ぎると雲間から日の光が差して来た。
「虹だ!」
都会の空に、大きな虹がかかっていた。
「行こう!」
「うむ」
トンボたちは虹を目指して飛び出して行った。
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