第11話 高原行きの列車



 トンボたちは、高原行きの貨物列車を待ち構えていた。

「ホントに来るのかのう」

「絶対来るわよ」


 夜になると高原行きの貨物列車が鉄橋を渡るとネコは言った。

その日最後の列車だと。

でも、どの列車がその日最後の列車なのか、トンボたちにはわからなかった。

いくつかの貨物列車を見送った。



 ゴトゴトと音を立て、長い貨物列車が近づいて来た。

「よし、あれに乗ろう」

サキグロが言った。

「高原に行かないかも知れないじゃない!?」

ハゴロモが悲鳴を上げた。

「どうせわからないんだ。着いてから考えよう」

「そんなぁ~!」



 ピッ、と短い汽笛を鳴らして、列車は鉄橋に差し掛かかった。

轟音を轟かせて橋を渡って行く。

何両も続く貨車の中に、側面の板の隙間から明かりが漏れている貨車があった。

「あれにしよう。あの隙間から中に入るんだ」

「えぇっ! ちょ、ちょっと待ってよぉ~!」

トンボたちはバラバラと舞い上がると、板の隙間から貨車の中へともぐりこんだ。



 貨車の中は薄暗く、小さな明かりがひとつだけ灯っていた。

よく見えないが、黒く、大きなものが佇んでいる。

トンボたちはギョッとして身構えた。


 何がいるのかわからなかった。

黒く大きな何かだった。

床にはわらが敷き詰めてある。

大きな黒い影が貨車の真ん中に立ち、じっとこっちを見つめていた。




「ほう、勇敢なやつらだ。名を聞こう」

黒い影は突然の侵入者に驚いた様子もなく、悠然と立っていた。


「オ、オレは、サキグロ」

「わしは、クロスジじゃ」

「あたしはハゴロモです」

トンボたちは、精一杯の虚勢を張って黒い影に向かい合った。



 黒い影は動かない。

「で、何の用か?」

大きな黒い目が、じっとこっちを見つめていた。


 四本の足に長いしっぽ。

首筋にはふさふさとしたたてがみがある。


『馬か?』

サキグロは思った。



 きっと黒い馬だ。

でも、ものすごい威圧感。

まるで黒い壁がそびえているようだった。


「この列車は高原に行くと聞きました。高原まで乗せて欲しいんです」

礼を尽くしてサキグロが言った。

「ふむ。里で生まれたトンボは高原に向かうと聞いたことがある。いいだろう」

大きな馬は厳かに許可を与えた。

トンボたちは、ホッと胸をなでおろした。



 それきり馬は口を開こうとしなかった。

いたたまれなくなったハゴロモが、恐る恐る黒い馬に話しかけた。

「あ、あの、あなたはどこへ行くんですか?」

「お、おい・・・」

クロスジが慌ててハゴロモを引っ張った。

「なによ」

ハゴロモは意に介さない。

サキグロとクロスジは気が気じゃなかった。




「わしも高原へ行くのだ。お前たちはなぜ高原へも行かず、今時分までこんなところをふらふらしていたのか?」

ギュッと睨まれてトンボたちは震え上がった。

怒られたような気がしたのだ。


「オレたちは虹を探していたんだ」

「虹?」

馬は大きな黒い目をじろりとサキグロに向けた。



「そうだ。最初オレたちは、世界は田んぼと里山で出来ていると思っていた。でも、里山の頂に立ち、山の向こうに広がる田んぼを見たとき、世界の果てがどうなっているのか知りたくなったんだ」

「そうか」

「だから、川を下り、海を越え、島へ渡った。そこで、海の上を何日も飛んだ先にも陸地があり、そこにもまた別の世界が広がっていることを知ったんだ。残念だけど、とても行かれないと思った。でもその時、虹の伝説を知ったんだ」



「虹の伝説?」

「そうさ、虹のふもとを見つければ、どんな願いでもかなうんだ」

「だから虹を探していたのか?」

「そうだ」

「ふむ。その体で海を越えたか。お前たちのして来たことに敬意を払おう。オレの名はブラックストーム。またの名を漆黒の帝王と呼ばれている。で、虹を探してどうしようというのだ」

列車は踏み切りを超えた。

赤い光が貨車の隙間から流れ込み、二匹を赤く照らし出した。



「この世界のことが何もかも知りたいんだ」

「この世のすべてか」

「そうさ。この世界がどこまで続いているのか、世界の果てはどうなっているのか、今何が起こっていて、オレたちが生まれる前にはどんなことがあったのか、そして、これから何が起こるのか」

「うむ」

「きっと一遍の映画のように、さまざまな出来事が何か大きな目的に向かって一直線に突き進んでいるんだ。でもオレたちには、全体のストーリーなんて見えやしない。オレは一番前の席で、この壮大な物語の全体が見たいんだ!」

サキグロは、思いのたけを一気に話した。




「そうか・・・」

漆黒の帝王は、サキグロの言葉にじっと耳を傾けていた。

「その意志があるのなら、おまえの願いもかなうかもしれんな。だが、『見たい』じゃダメだ」

「え?」

サキグロは帝王を見つめた。



 漆黒の帝王は遠い思い出を呼び起こすかのように瞳を閉じた。

「わしは競馬馬だった。速かった。他のどんな馬よりも速かった。いろんな賞を沢山もらった。どこへ行ってもカメラに囲まれていた。わしが走ると沢山の人間たちが応援してくれた。足を踏み鳴らし、こぶしを突き上げ、両手をメガホンにしてな」

競馬場を埋め尽くした沢山の人が一体となって沸き起こす、地鳴りのような声援がブラックストームの耳にありありとよみがえっていた。


「努力もした。ひたすら走りこんだ。晴れの日ばかりじゃなかった。霧雨に煙る馬場は土が重くて走りづらいんだ。冬の朝の寒いことといったら、吐く息が鼻先で凍るようだった。来る日も来る日も練習して、年に何度かのレースに出た。わしは勝った。あきれるほどに勝った。いくつものレコードを塗り替えた。日本一になった。」

サキグロは、目の前にたたずむ漆黒の帝王が、黒いつむじ風となって馬場を駆け駆け抜ける姿を想像して身震いした。



「だが、わしが走ったのは馬場だけだ。同じところをグルグルとな。どこまでも続く草原を同じだけ走っていたら、わしはどこまで行けたんだろう? 世界の果てに行きつけたかも知れんな」

フッと帝王が苦笑いをしたように見えた。

「だが、草原を走ったんじゃ、あの割れんばかりの声援には出会えなかった! 両方を手に入れることは出来んのだよ。わしは栄光を手に入れた。満足しなきゃいかん。わしはわしに出来ることを一生懸命やった。世界の果てには、きっと別の馬が行き着いてくれたじゃろう」

サキグロは漆黒の帝王を声もなく見上げるばかりだった。



「若いの、本当に本当のことが知りたいのなら、お客さんじゃダメだ。目の前の現実に飛び込んで、がむしゃらに突き進め。どんなに傷ついても、どんなにぼろぼろになっても、それでもなお進み続けるやつだけが真実にたどり着ける。この世のこと、お前の言う壮大な物語に観客席はない。知りたければ参加するしかないのだ」

帝王はグッとサキグロを見据えた。


「現実に飛び込むったって・・・」

「誰にも、生まれて来た意義がある。それを探すことだ」

「生まれて来た意義・・・」

「そうだ。おまえにしか出来ないことをやり遂げるんだ。どんなことがあってもな」


 カタンカタン、カタンカタン・・・

列車は規則正しい音をたて、高原へ向けてひた走っていた。



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