058:八不思議談話002

 四方手よもての神様について、気になる事は出てきたが、雰囲気的に深入りするのは危険な気もする。


「クラス全体に被害が及んだ事例として『歌童うたわらし』『オカザメ』の方も考えておきたい」


 白菊しらぎく委員長が話を進めるので、私はノートにそれを記入した。


「歌童については校内では比較的有名な話だ」


 薊間あざまさんが元の位置に座って、持ち込んだ資料を開く。


桜来おうらいに合唱部がない理由とされているからな」


 桜来に合唱部……確かにない。


 人数的な問題かとも思ったけれど、歌童の所為だとするとそれもあり得る気がする。


 薊間さんの話は以下。


『桜来には以前、合唱部があった。そこに所属していた部員のルームメイトの話による。


 合唱の合わせをしている内に、何かの歌が聞こえた。幼いが美しい声なのでみんなその歌を聞いた。


 その時は何もなかったが、合唱部が大会で猿黄沢さるきざわを出て会場に向かう際、当時あった門鍵かどかぎとの間の峠でバスが滑落し、運転手を除く全員が即死する事故となった。


 合唱部はそこで絶え、以来創設される事もなく消滅した』


 ……以前、軽音部のデモテープを聞いた時に聞こえた『四方手の数え歌』だろうか、これは。


「軽音部の事もあるからな。これもなかなかに怪しい」


 薊間さんは資料を見ながら言った。


「合唱部の人達が聞いた内容は『数え歌』だったの?」


 琴宝ことほが手を上げて尋ねた。


「いや、四方手の神様を言祝ぐ内容だったと伝わる。猿黄沢の伝承で考えると『四方手歌よもてうた』だろうな」


 四方手歌、という所に私は赤いマーカーを引いた。


「だとしたら、七不思議に数えるのは待って欲しい」


 菫川すみれかわさんが待ったをかけた。


「どういう事かな、けい


 委員長が菫川さんに目を向ける。


 菫川さんは怯えた顔をしていた。


「……『四方手歌』は四方手の神様に対する……言い方が変だけど、賛美歌みたいな物。神職の人以外は歌っちゃいけないって言われてる。歌うと四方手の神様に気に入られて『連れていかれる』……猿黄沢に伝わる話」


 菫川さんはそこで、私を見た。私はメモの準備をして、頷いた。


「昔、お祭りの後に猿黄沢の男の人達が一軒の家に集まって、酔っぱらって『四方手歌』を歌った。五人いたって聞いた。その五人の内、一人は帰り道で顔を剥がされて死亡して見つかった」


 菫川さんの話も重要な物だ。私はしっかり書き留める。


「二人が翌日、目を覚まさなかった。残り二人の内、片方は猿黄沢から出て遠くにいく途中、事故で家族と一緒に死亡。宴会があったのはその家だった。最後の一人は遺書もなく首を吊った」


 前から思ってたけれど、四方手の神様はかなり気軽に人を殺す。


「それを歌っているっていう事は、猿黄沢に関する事を知っているっていう事。桜来だけで済む話じゃないかも知れない」


 菫川さんはそこで話を終えた。


美青みお、歌童の欄に『判断保留』の記入」


「分かった」


「黒絵、オカザメについての話を頼む」


 私が記入すると、白菊委員長はすぐに次の話にいった。


「水泳部に伝わる話が最も分かりやすい」


 薊間さんは資料をめくって、話を進めた。以下、その内容だ。


『水泳部の伝説で昔、地区大会を勝ち抜いて県大会に挑み、全国までいった少女がいた。その少女は遅くまで練習し、一人きりになる事も多かった。先生はいた。


 少女の練習に遅くまでつきあっていた教師が目を離した。教師が戻ると少女の姿がなく、プールに何か浮いている。


 教師がそれを回収すると、人間の肉だった。口部分の欠片が見つかり、歯型から水泳部の少女だと判定された。


 以来、水泳部では部活終了時刻を過ぎての練習を禁止している』


 水泳部、となると、薊間さん、委員長、菫川さんと給食の時に同じ班になる梅村うめむら毬子まりこさんが所属している。


「梅村に確認した。オカザメの話は知らなかったものの、水泳部が異様に部活時間に厳しい事は代々有名だという話だった」


 薊間さんは梅村さんに確認していたらしい。私はそれも付記しておいた。


「素朴な疑問なんだけど、『オカザメ』って名前はどこからきたの?」


 琴宝が尋ねた。


「水泳部の話など正にそれらしいが、『陸の鮫』から『オカザメ』だ。水の中ならばどこにでも現われると言われている」


 私は『陸鮫=オカザメ?』と書いておいた。


「水の中の怪異……」


 菫川さんは口元に手をやって、考えている。


勿忘沼わすれなぬまのメヌシみたいな物なのかな」


 私は以前、学校の外で体験した怖い経験を思い出して尋ねた。


「いや、違うと思う。猿黄沢に伝わる『水の怪異』は大体、住む所が決まってる。勿忘沼のメヌシなんて正に、勿忘沼から出られないし」


 菫川さんは知識から意見を出した。


「類似の話はない、という事かな?」


 白菊委員長が尋ねる。


「猿黄沢に『鮫』が馴染みのない物って考えると、余計に桜来独自っていう感じがする。猿黄沢から海にいこうとすると、車で二時間はかかるし」


 確かに、県内でも内陸の方に入る猿黄沢で『鮫』はおかしい。


「なるほど。美青、オカザメに関しては『有力候補』とする」


「分かった」


 私はオカザメの欄に記入した。


「次に――美青が持ち込んだ『釘目くぎめ様・末忌子まきこ様』について話す」


 文芸部に伝わるヤバい話――私は、少し気を引き締めた。

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