055:墨盟団結成記003
引くなら、ここで引け――
「何を今更。放っておいても深淵は勝手に顔を覗かせる。とっ捕まえて顔を引っぺがしてやらねば気が済まん」
薊間さん……豪胆だと思ってたけど、思った以上に勝気だな……。
「
「放っておけないよ……。白菊さんはその場での最適解を導き出せる。薊間さんは知識が広い。でも、実際的な『対策』を知ってるのは、少なくともこの中では私くらい……」
長い黒髪に顔を隠すように俯いて、数秒後、菫川さんは、白菊委員長と薊間さんを見た。
「私もやる」
その言葉に、白菊委員長は申し訳なさそうに微笑んだ。薊間さんは満足げだった。
白菊委員長は考えを変えなさそう。薊間さんもだ。なら、菫川さんも付き添うだろう。
「……琴宝はどうするの?」
私と琴宝は、知識もなければ、対策も知らない。琴宝なら白菊委員長みたいにできるけれど、私は……。
「極上の体験になるだろうね」
それは、琴宝が放っておく事はないだろうと思っていた。
「それに、
何か、二人だけの符号があるのか、委員長は微笑んだ。
「君に隠し事はできないな。さて――」
委員長の青い目が、私を見る。
「
私一人だけ、まだ何も言っていない。
断っても、誰も責めないだろうな。
でも、そう考える事自体、ずるいと思ってしまう。
「
琴宝の言葉は、かえって私の心に種火を宿らせた。
「引くわけがない」
言葉は、口を衝いて出てきて。
「委員長は何かあると助けてくれた。薊間さんはとんでもない物に挑もうとしてる。菫川さんだって、怖い筈なのに、ずっとみんなを助けてくれてる」
私の口から、堰を切ったように言葉が溢れた。
「琴宝だって、いつも私の事を助けてくれる。四人がいなかったら、私は今ここにいないかも知れない」
ただ、理性はどこに置いたか、分からなくて。
「私だけ何もしない、何もできない、そんなのは嫌。私も、みんなと一緒に、立ち向かいたい」
後先なんて考えない。
ただ、止められない衝動だけが私の中にあった。
私は、視界の端が滲むのを感じた。でも、みんな優しい顔をしていて。
琴宝が私の頭を撫でてくれた。
「ならば、美青も加盟するという事で、この五人で決定だね」
白菊委員長が、目を閉じて頷いた。
私はハンカチを取り出して涙を拭いて、今自分で言った言葉と、委員長の言葉を書き留めた。
少しでも、私にできる事があるなら、やり遂げたい。
「慶、以前から頼んでいた物は、準備できたかな」
委員長は菫川さんに尋ねた。
「うん……なんとか言い訳して、人数分そろえた」
何か、菫川さんが用意したらしい。
菫川さんは隣の椅子に置いていた小さなバッグを開けて、立ち上がった。
「白菊さんの分、薊間さんの分、椿谷さんの分、
一人ずつ、順番に菫川さんから一つの、小さい布袋を受け取る。中にじゃりっとした物が入っていて、お手玉みたいな感触がした。布袋は紐で開け閉めできるようになっていた。
「何これ。開けていいの?」
琴宝は興味深そうに受け取った布袋を見ている。
「中身は全部一緒」
菫川さんは袋を開けて、中に入っている物を自分の手の平に出した。
籾殻を取っていない黒く染まった稲穂だった。
「これは墨黒穂病っていう病気にかかって変色した稲穂から作った物。
全員が見るのを確かめると、菫川さんはその黒い稲穂を袋の中に丁寧に戻していった。
「これを持っている人を、
理屈は分からないが、とても大事な物になるという事は分かる。
私は自分の分の袋を開けて、中に黒い稲穂が入っているのを確かめた。
「これを取引に使うのは禁忌とされている」
薊間さんが注意喚起のように言った。
「多く墨穂を得た農家がお守りとして売りさばいたが、三日もせずに奇病に倒れ、十日後に死んだと伝わる」
「私もお母さんに念を押された。その話も知ってるけど、本人が死んだだけじゃなく一族全員が亡くなった」
……流石、四方手の神様絡みの物だけあって、一筋縄ではいかないらしい。
「そんな事をする者はいないと信じているよ。私達はクラス以外に共通点がないが」
委員長は、墨穂を入れた袋を握り、決然と全員を見た。
「この墨の穂に因んで『
私はノートの一ページ目に書き込みをして、白菊委員長に渡した。
『墨盟団 名簿』
白菊覇子
薊間黒絵
菫川慶
橘家琴宝
椿谷美青
……ここから、私達の挑戦が始まる事になる。
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