054:墨盟団結成記002

 私達を集めた目的は『桜来おうらいに蔓延る恐怖に対策を打つ為』と委員長は言った。


 だけど、そんな事、可能なのだろうか。桜来は百年以上続いている。それは、長い間誰もできなかった事をするっていう事だろう。


「この問題を解決する最も有効かつ根源的な手段は――『四方手よもての神様』を調べ、対策を探していく事だ」


 白菊しらぎく委員長は私の方を見た。私はノートに白菊委員長の言葉を書く。それを見て委員長は視線を全員に回した。


「みんなにそれとなく『今まで遭遇した不思議の中で最も怖かった物は?』と尋ねた。その上で黒絵くろえに確認したが、挙がった答えは『四方手の神様』に連なる物である可能性が高い」


 私もそれは聞かれた。多過ぎて上手く答えられなかった記憶がある。でも――選ぶなら、『あれ』だ。


「黒絵」


 白菊委員長はそこで、薊間あざまさんの名前を呼んだ。


「大凡、クラス全員が体験した事を挙げる者が多かった。特にクラス全員が体験しているとなると『トナツガさん』『四方手の数え歌』『オカザメ』『涅夜くりや様』この辺りか」


 薊間さんの言葉の内、『四方手の数え歌』と『涅夜様』については知っている。


「黒絵、『トナツガさん』と『オカザメ』ってどれの事言ってる?」


 私が思っていた疑問を、琴宝ことほが代わりに出してくれた。


「まず、トナツガさんは給食の時間に『白い絹のスカーフ』の『落とし物』を持って入ろうとしたものだ。あれは七不思議候補の『トナツガさん』として伝わっている」


「じゃあ『オカザメ』は?」


「私は居合わせた程度だが、萩中はぎなかがプールで何かにつかまれた事があっただろう。桜来で類似の事が起こると『オカザメの仕業だ』と言う。これも七不思議候補の一つだ」


 薊間さんは琴宝の疑問に次々に答えていく。


 そして『四方手の数え歌』は『最後まで聞くと近い内に鬼籍に入る数え歌』として現れた。


『涅夜様』は『差し出される食べ物を食べると連れていかれる何か』と聞いた……会ったのは、委員長と私だけではなかったらしい。もっとも、寮に入り込んでいたから、見た人は多かったのかも知れない。


「それらは『四方手の神様の使い』として『桜来七不思議』ではないかと郷土史研究会は推測している」


 白菊委員長が四本の指を立てて語る。


「もっとも、黒絵曰く、七不思議の確定は郷土史研究会でも長い間、課題となっているらしいが」


 その言葉を受けて、薊間さんは頷いた。


「そもそも不思議が多過ぎる。中でも『四方手の神様』に関係する物に絞っても十二、十三までしか絞れない」


「ヘイ」


 急に琴宝が手を上げた。


「どうしたのかな、琴宝」


「どうして七不思議を『四方手の神様に関係する物』として扱うのか、そして『四方手の神様』って結局なんなのか。この二つははっきりさせておきたい」


 琴宝は疑問を二つ出した。


 私は主に七不思議を語る薊間さんと、子どもの頃から『四方手の神様』の名前を聞いているであろう菫川すみれかわさんの顔を交互に見た。


「ある程度不可分な疑問でもあるな。ある郷土史料には『猿黄沢さるきざわに起こる不思議の親は四方手の神様だ』という主旨の事が書いてある。『四方手の神様』がなんであるのかについては諸説ある」


「ちょっといい?」


 それまで黙っていた菫川さんが手を上げた。


けい


「四方手の神様について……私もそんなに詳しくはない」


 菫川さんの顔を見ると、泣き出しそうなくらいに恐怖を感じさせた。


「でも、猿黄沢では『神』を語る時に『四方手の神様』以外の神様を語る事を許されない。それくらい、とんでもないもので、つまり……」


 縋るような視線が、白菊委員長に向く。


「人間が挑むには、あまりにも無謀な存在だよ……」


 それは多分、菫川さんが今までに体験してきた事の総合として出てきた結論だろう。


 水を打ったように、場は静まり返った。


 白菊委員長は、何か優しさのような、もっと勇壮な感情のような物を顔に滲ませている。


 薊間さんは、いつものポーカーフェイス。


 琴宝は、珍しく真面目に何かを考えているらしい。


 菫川さんは、気まずそうな顔をしている。


 私がどんな顔をしているか――多分、硬い表情だと思う。


「もっともな話ではあるな」


 やがて、薊間さんが口を開いた。


「これは純然たる『事実』として聞いて貰いたいが、猿黄沢、桜来、そこで『四方手の神様』について調べた者は過去にもいた」


 それは、分かる。薊間さんが知識として様々な不思議を知っているから。


「研究成果とされる物も様々にあり、特に桜来には寄贈されて、郷土史研究会が一通りそろえている」


 薊間さんが話す声と、私がペンを走らせる音。


 邪魔をする外の音はなくて、何か、薊間さんがとんでもない事を言い出しそうな予感は――当たる。


「その研究成果を発表した人間は、例外なく発表後一ヶ月以内に死亡している」


 重たい空気が流れる。


 でも、それでも探るという事は……きっと。


「この活動は命懸けになる」


 白菊委員長の言う通りの事だろう。


「それでも、桜来には過去、様々な『もの』によって死亡した先輩の話が多く伝わっている」


 委員長と部活の違う私にも、覚えがある事で。


「のちの者達に光を残す為、私はやる。ただ――」


 高潔な精神は、青い瞳に映り。


「命懸けは決して美徳ではない。あくまで優先すべきは『誰も犠牲にせず真相を突き止める事』だ。そして」


 委員長は、一呼吸置いて、薊間さん、菫川さん、私、琴宝を順番に見た。


「引くならば、ここで引いて欲しい。責めはしない」


 委員長の言葉に私が琴宝を見ると、琴宝も私を見ていた。

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