053:墨盟団結成記001

 一学期も終わりに近づいた頃の週末だった。


 クラスの白菊しらぎく覇子はるこ委員長から『昼食を食べたらこの部屋にきてくれないか』、寮の一室を示された。琴宝ことほにも同じ連絡がきていて、二人でいく事になった。


 染井寮そめいりょうの中でも、何かのミーティングに使う部屋で、普段であればまず入らない。


 白菊委員長は用件を言わず、私と琴宝は同じ部屋なのに、別々に連絡してきた。


 なんだろうね、案ずるより産むが易し、そんな会話をしながら、二人でミーティングルームに入った。


「よくきてくれたね、椿谷つばきたにさん、琴宝」


 白菊委員長はセミロングの髪の毛を後ろでお下げにくくって、動きやすい恰好で立っていた。モデルみたいなスタイルが凄く羨ましい。


「これでそろったな」


 室内には薊間あざま黒絵くろえさんもいた。黒髪を短く纏めた美少年にも見える顔立ちの持ち主は、高い身長を暗色系の服に包んで座っている。


「……この五人?」


 そして、綺麗な黒髪を長くまっすぐに伸ばした紫色の瞳の持ち主、菫川すみれかわけいさんが、重々しく口を開いた。


「その通り。二人共、かけてくれ。椿谷さん、これを」


 白菊委員長は私と琴宝に座るように言って、私に一冊のリングノートを渡してきた。ペンがついている。


 そして、委員長は部屋の外を見て、そっと扉を閉じた。多分、『使用中』の札もついてると思う。


「早速で申し訳ないが、椿谷さん、ここでの会話と決定事項をノートの二ページ目から書き留めてくれないかな」


「え? う、うん……」


 私はノートを開いて、二ページ目にここにきた経緯、先にきていた三人についてと会話を書き留めた。


「で、なんの用なの覇子」


 私の隣に座った琴宝が尋ねる。


「少し、提案がある」


 白菊委員長はそこで、薊間さんに視線を送った。


「以前から教室で白菊と話し合ってはいたが、メンバー選びに手こずった。だが五人にまで絞れた」


 私は薊間さんの言葉を書き留めた。


「この五人で『四方手よもての神様』を探る」


 書いて、薊間さんを見る。いつものポーカーフェイスは何を考えているのか分からない。


 いや、本当に何を考えているのか。


 四方手の神様――桜来おうらいがある猿黄沢さるきざわに伝わる神様を調べて、何をどうするのか。


 薊間さんは郷土史研究会だから、それは調べもするだろうけれど、私や琴宝がいる意味は?


 分からない事が多過ぎて、尋ねる事もできなかった。


 ただ、出てきた言葉は一つだけあって。


「危険じゃないの?」


 どうも、一学期の間に体験した事を総合すると『四方手の神様』は語る事自体が危険な存在のように思える。猿黄沢生まれの菫川さんを見ても、乗り気という顔ではない。


「無論、危険だよ。だから、耐えられる者だけを私含め五人、選んだ」


 白菊委員長が解説してくれた。


 私が隣の琴宝を見ると、琴宝は面白そうな顔をしていた。多分、白菊委員長に対抗意識を燃やしているか、純粋に面白がっているか。二人はライバルらしい雰囲気がある。


「私、無理そうなんだけど……」


 一応、と思って今のやり取りも記録する。私にそんな大事は手に負えないと思う。


「椿谷は自覚がないのか?」


「え?」


 薊間さんは眉を顰めて私を見た。……私、何か変な事を言った?


「課外活動の『不思議記録』の提出は月三回が目途とされているな?」


「うん」


 変な校則だけど、先生がこぞって『他をどんなに破ってもこれだけは守れ』というから、守っている。


「それにはね、美青みお。『不思議な事に会うのは月に三回程度』という含意があるんだよ」


「え」


 白菊委員長の言葉で、私は自分が今まで提出した記録を考えた。


「それとなく聞いて回ったが、椿谷のそれは常軌を逸している。一学期が単純計算で約十五週間あるというのに、椿谷が出した不思議記録の数は十五週が終わらぬ内に三十以上。週二以上の頻度で何かしらに遭遇している」


「待って薊間さん、みんなそれくらいじゃないの?」


「クラス内、ないし郷土史研究会の範囲で椿谷程の数を出している人間はいない」


 断言されるとびっくりする。


「まあ美青の事をみんな気に入ってるって事だよ」


「待って琴宝。怖い事言わないで」


 隣の琴宝は暢気に言うけれど、そんなヤバい物に好かれたくはない。


「椿谷さんについてはそのような下地がある」


 白菊委員長は話を進めにかかった。


「菫川さんに関しては『猿黄沢で生まれ育った人間の経験と知識を頼る為』にお願いした」


 まあ、菫川さんは実際私も何度となく助けられているし、委員長が頼るのも納得だ。


「琴宝は椿谷さんのおまけだ」


「うるせえバーカ」


 どこか不敵な笑みで委員長が琴宝に言うと、琴宝は今時珍しいくらい綺麗なアッカンベーをした。


「まあ琴宝はともかく……私と黒絵はそもそもこの集まりの発起人だ。理由は――ただ一つ」


 委員長が人差し指を立てる。


「私達は常に不思議という恐怖に晒されている」


 それは、桜来にいる、特に一年生ならば全員が感じている事だと思う。


「このまま恐怖に怯えるだけでいいのか?」


 書き留めた委員長の言葉に、私は考えもしなかった可能性に思い当たった。


「恐怖に怯えるだけではなく、それに対抗しうる手段を見つけ出す――それがこの集まりの目的だ」


 委員長の言葉に、私は『自分に何ができる?』自問した。


 あまりにも大きな事を考えている委員長の言葉を書き記しながら、無力感が押し寄せてきた。


 私に、何ができるか。何を成せるか――記録を元に、このノートに記していく。

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