MelomeWorks003:壁鼠

 人、物が動物に見える特殊な視覚は子どもの頃から僕の目に住み着いていて、たまに助けてくれる事もあった。


 小学校の頃、家から学校までの道に近道があった。


 狭い道だし、人通りも少なくて、僕が初めてその道を見つけてお母さんに「近道を見つけたよ」って言っても、危ないから通らないようにしなさい、寧ろ諭された。


 通っちゃいけないんだ、普段見えない景色は楽しいんだけどな、惜しいな。


 でも、その道はそんなに経たない内に通れなくなった。


 その細い道は車が通れないくらいの細さだった。でも人が並んで通れるくらい。


 その道を、巨大な鼠が塞ぐようになった。


 初めてそれを見た時、僕はびっくりした。


 道をみっちり巨大な獣のお尻が塞いでいて、何があったのかと思った。


 学校の帰りにその道を見ると、やっぱりずんぐりむっくりした巨獣のお尻が見えて、通行止めになっていた。


 鼠だなって分かるのは、毛だらけのお尻と細長い尻尾があるからだった。


 頭が見えないから、二匹の鼠が道の両側からそこを塞いでいるように見えた。


 その鼠が見えた日の夜、お母さんが誰かからの電話に出て、真剣な顔で僕をダイニングに座らせて、注意してきた。


「学校までの近道は絶対に通っちゃダメよ」


「あそこは大きな鼠が塞いでるから、通れないよ」


 僕が答えると、お母さんはほっとした顔をした。


 でも、すぐにまた、心配そうな顔になった。


「何があっても入っちゃダメよ。そのネズミがいなくなっても」


 その顔は深刻で、頷かないと安心させられないなと思った。


「通らないよ」


 お母さんはそれでも不安そうだったけど、あまり深くは言わなかった。


 何か、あの細い道で事件でも起きたような言い方だった。


 でも……どうして秘密にするのか分からなかった。


 次の日、クラスの中には色々な噂が飛び交っていた。


「学校の近くで殺人事件があったんだって」


「違うよ、誘拐事件だよ」


 そんな声が聞こえた。


 どっちも物騒だけど、全校集会があるでもなく、先生が何か言うでもなく、その日は過ぎた。


 帰りに鼠を見ると、相変わらず細い道から大きなお尻を出している。あのお尻の先で、鼠は何を見ているんだろう。


 その道を迂回する形で通学路は形成されている。僕がもう片方、その道の入り口を見た時、鼠は大きく尻尾を振った。


 殺人だとか誘拐だとかより、もっと恐ろしい事があったんじゃないか。


「ねえ」


 その鼠が、なんなのかは分からない。


 でも、答えが返ってくるかは別だけど、見えるなら声はかけられるわけで。


「何があったの?」


 僕はその巨大な鼠に声をかけた。


 その瞬間だった。


 バリバリバリバリ……物凄い勢いで何かを貪る音が聞こえた。


「ギィェエエェーーーー!!」


 何か、恐ろしい絶叫が聞こえた。


 僕は駆け出した。防犯ブザーを持っていたけれど、鳴らしている余裕はない。周りは住宅街で、人はあまりいない。すぐに助けてくれる人は望めない。


 その小路から家までの道を全力で走った。家が入っているマンションに入って、ロックを開ける。


 中に入れば、ようやく安心できる。


 幾らなんでも、マンションのオートロックをぶち抜いてくるような危険な『モノ』ではないと思う。思えば事実で、僕は肩で息をしていたけれど、家まで帰れた。


 その日あった事をお母さんに話すのは、きっと心配させるから、僕は平静を装って黙っていた。


 夕方のローカルニュースで見た内容は、断片的に覚えている。


 例の小路で人が行方不明になる事件が発生。


 警察の捜査が入った。


 犯人と思しき人物が白昼、往来で人を傷つけた……時間は丁度、僕がその道を通ったくらいの頃だった。


 もしもあの鼠を無視して道を通っていたら……考えただけで怖かった。


 どうしても説明できない不思議は、道を塞いでいた大きな鼠だ。


 あの鼠は、なんだった?


 普段であれば、動物の状態から本来の……人や物と同じ見え方もする。


 けど、あの鼠は大きな鼠にしか見えなくて、本当ならある筈の路地の景色も、そこにいたかあったかした何かの姿も見えなかった。


 ただ、確かな事は、鼠が道を塞いでいたから、僕は違和感に気づけたという事だ。


 翌日、そこを通るとお巡りさんがいて、道は通行止めになっていた。


 鼠がなんだったのか、今になっても分からない。


 僕は助かったけれど、人が傷ついているから、素直に喜ぶ気持ちにもならない。


 たまに役に立つけど、自分でも自分が持っている特殊な視覚の事が分からなくなる、そんな『話』だ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る