052:窓に

 明日一日過ごせば、一学期が終わる――終業式前日の夜、気持ちはもう夏休みに入っている。終業式とホームルームが終わればそれでおしまい。


 私と琴宝ことほは夏休みに入ってからの予定について話しながら、一緒に夕食を食べて、お風呂に入って、明日の準備を済ませた。あとは寝るだけ。


 私と琴宝は部屋の中央にあるテーブルに向かい合って話していた。夏休み、ちょっとやる事があるけど、それが済んだら二人でどこかにいきたいね、なんて他愛のない話だった。


「そう言えば、琴宝も実家東京だよね。いつ帰るの?」


 話が帰省の事にまで及んで、私は琴宝と同じ東京からきている事を思い出した。


 けれど、琴宝は答えずに後ろを振り向いた。


「琴宝?」


 どうしたんだろう、琴宝はそこに何か違和感を持っているかのように、カーテンを閉めた窓を見ている。


「……美青みおさあ」


「う、うん……」


 どうしたんだろう、真面目なトーンだ。


「怪談をすると幽霊が寄ってくるみたいな話、聞いた事ある?」


「あるけど……」


「だとしたら私達、ずっと呼び寄せてるんじゃないの?」


「え……」


 確かに桜来おうらいにいると怪談をずっとしてるみたいな感じになるけれど、それで何かが寄ってきている?


 いや――確かに寄ってきているんだろう、目の前の窓に。


「琴宝……」


「ちょっと、部屋の電気消してみて」


「うん……」


 琴宝の考えは分かった。


 多分、窓の外に何か私には分からない、けれど琴宝には分かる『もの』がいる。


 そして部屋の中には私も分かる、そして一度助けられた琴宝曰く『毛玉』らしき『何か』がいる。


 毛玉を使って追っ払えないか、って話だと思う。毛玉は部屋が明るいとまず反応しないから。


 私が部屋の蛍光灯をパチ、消すと、室内は完全に真っ暗になった。


「フーッ、フーッ……」


 その瞬間、琴宝がいる辺りの壁から、猫が何かを警戒している時のような声が聞こえた。


 毛玉が警戒してる?


 窓の外には何がいる?


 カーテンの外は暗くて、よくは分からない。月は出ているのか、その明かりすら見えないのは、不安だった。


「フッ……」


 毛玉の声が変わった。


 その瞬間、部屋に薄い明かりが入った。


 中からではない。


 外にいる『何か』が黄色く発光して、その光がカーテンを貫通して入ってくる。


 琴宝の影がクッキリ見えるくらいに、光は強かった。琴宝からなら、私の顔が見えるんじゃないだろうか。


 何かヤバい物を呼び寄せた? 充分にあり得ると思う。


 桜来で起きる不思議は色々だけど、何かがスイッチになって何かを呼ぶっていう事が頻繁に起こる。もしも、私か琴宝がそのスイッチを入れてしまったとしたら?


 でも、違った。


 ピンポーン、寮内放送の音が鳴った。


〈現在、寮の外に光を放つ何かが確認されています。生徒の皆さんはカーテンを閉めて、くれぐれも開けないようにしてください。もしも何かを見てしまった人は、速やかにルームメイトと一緒に寮監まで届けてください〉


 この現象は寮全体で起きている。


 見たら何があるのか?


 分からないけれど、この何かは危険だ。でなければわざわざ寮監先生に報告という文言は出てこない。


「琴宝……電気、つけていい?」


「いいよ」


 琴宝に一言ことわって、私は部屋の蛍光灯をつけた。


 部屋の外はまだ明るかった。


「毛玉がビビるような何かってヤバいな」


 琴宝はいつも毛玉が体を摺り寄せている壁を見て、呟いた。この肝の太さ、培ったのか生まれつきなのか。多分後者だな。


「どうするのこれ……カーテン開けなきゃいいっていっても、寝る時怖いよ?」


 発光がやんでくれるといいけれど、その気配がない。


「じゃあ、一緒に寝る?」


「え」


 琴宝は不意に、ドキッとするような事を言ってきた。


 一緒にって、いつもは二段ベッドの上下に分かれてるから、同じ段でって事だよな……私と、琴宝が。


 空調は効いてるのに、妙な汗が出てきた。


 どこか怪しく唇の端を吊り上げる琴宝は、鎌首をもたげたコブラのように見えた。


 その後ろから、黄色い光が入ってくる。私が仏師さんなら何かの悟りを開いて女体の仏像を彫っているだろう。


「なんて、冗談」


 琴宝はすぐに、儚く笑って、立ち上がった。


 何を考えているのか、いつもに増して分からない。琴宝は机と机の間の壁(普段毛玉がいる所)にいって、そこを撫でた。


「にゃ……」


 毛玉が普通に鳴いた……?


「私は毛玉と寝るから、美青は一人で寝て」


「それはそれで怖いよ!?」


 私が毛玉を抱いて寝ている琴宝を想像して叫ぶと、琴宝は「冗談」笑って、二段ベッドの上の段に向かった。


 恐怖がどこかにとんでいった私は、部屋の電気を消して、ベッドの下の段に入った。


 発光は、すぐにやんだ。


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