051:枯れ葉

 一学期ももう終わる頃、私とメロメさんは部長から『部室の掃除をする』と言われて部室にきていた。


 とはいえ普段から部室は綺麗に使っているし、そんなにやる事ないかもね、なんて二人で言い合っていた。


「お疲れ様です」


「やあ!」


「え!?」


 入ってすぐに声をかけられて、私はびっくりした。目の前の本棚の横、通り道から声がした。


 さらさらの金髪をショートカットにした、私より高い――一七〇を超える身長に、明るい印象を受ける、とんでもなく整った顔立ち、パッシリした睫毛と、私が知らない誰かがそこにいた。リボンタイの色は二年生。


「初めましてだね!」


「は、初めまして……?」


「ペンギンー、誰ー? 入れてー」


「あ、すみません、もう一人いるので……」


「おっと失礼。いこうか」


 その先輩はすぐに本棚迷宮を歩き出した。私はその後ろに続いて、メロメさんが私の後ろに続く。


 部室にいる二年生……心当たりは一つしかない。


「私は文芸部副部長の虎刺ありどおしきば! 君が椿谷つばきたに美青みおくん、その後ろにいるのが牡丹座ぼたんざメロメくんだね!」


「あ、やっぱり副部長だったんですね。初めまして。一年三組の椿谷美青です」


「牡丹座メロメだよー。よろしくね大百足先輩」


 大百足……こんなキラキラした人が大百足かあ……。


「話には聞いていたけれど、本当に愉快な感覚を持っているんだね! さぞ豪華絢爛な百足なのだろう」


「ペンギンー、この人おかしい」


「メロメさん! そういうのはダメ!」


 いきなりメロメさんが副部長をdisり出したので、私は慌てて止めた。


「そろったな」


 机があるスペースにいくと、部長はもうきていた。赤紫の二つ結びも、柿色の瞳もいつも通りだ。


「まあ牙がおかしいのはいつもの事だが」


「はいっ! 鮎魚あゆなさま!」


 いきなり副部長は部長が座っている椅子の前に跪いた。


「鮎魚さまの仰る通りです!」


「ねえペンギ」


 私はそっと手でメロメさんの口を塞いだ。


「この通り、牙は私の犬だ」


「犬です!!」


「うるさいから今まで呼ばなかった」


「鮎魚さまに無視されていたと思うと心が高鳴ります!」


「黙れ」


 ヤバい……桜来おうらいにいて遭遇する不思議とは別方向でヤバい……こんなヤバい人が副部長だったのか……。


「とは言え副部長としてはそれなりに優秀かも知れない」


「確定じゃないんですね……」


「気持ち悪いから副部長としての仕事をさせていないからな。それより、掃除を始める」


「そうですね……」


 ヤバい人は部長が制御してくれると思うので、私はそっとメロメさんの口から手を離した。


「でも、掃除って何するんですか?」


「君の観察力の低さは絶望的だな」


 部長は私を刺して、机の上を指さした。


 一枚の枯れ葉がある。どう見ても秋に道端で見るような枯れ葉で、夏場にはまず見ない。


「どういうわけか文芸部の部室には季節ごとにわけの分からない物が置かれる怪事が発生する。今回は枯れ葉だが、去年は鳥の羽だった。一昨年は牛の角だったな」


 牛の角が部室に入り込む事ある……? 年々マイルドになっているけれど、とんでもない物だな……。


「これを除去すると一週間高熱を出す事になる。私は一昨年何気なく片づけて夏休み最初の一週間を寝込んだ。そこで去年は牙に除去させた」


 虎刺先輩も大変だな……。


「牙は一週間寝込んで兼部している剣道部の試合に出れなかった。確認したが、今年も剣道部では試合に出るらしいから私か君達の誰かが除去した方がいいかと思って呼び出した」


 副部長、全然部室に顔出さないなとは思っていたけど、部長に無視されていたのに加えて剣道部と兼部かあ。


「私、夏休みの最初に予定入ってるんですけど……」


「僕は予定とか関係なく嫌」


 私は口実をつけて、メロメさんは直球で拒否した。


「鮎魚さま!」


「何?」


「後輩を盾に責務から逃げる事はできません!! 私にやらせてください!!」


「試合出たくないの?」


「鮎魚さまの文芸部の為ならば出れなくて結構です!」


「じゃあ外まで持ってって処分してきて」


「はい!! ご褒美に靴を舐めさせてください!!」


「気持ち悪いから嫌だ。ぐだぐだ言ってないで動く」


「ありがとうございます!!」


 私達はなんで呼び出されたんだろう……。


「じゃあ牙はそれ。椿谷部員と牡丹座部員は本棚の拭き掃除と床の掃き掃除を分担で。私は記録ノートをつける」


「ありがたき幸せ!!」


「僕だと本棚の高い所届かないからペンギンが本棚で」


「いいよ……」


 なんだろう……虎刺副部長、いい人っぽいけど一緒にいると滅茶苦茶疲れる……。


 その後、軽く掃除を終えた私達は門限より早く帰った。


 副部長は部室に帰ってこなかったけど、部長に聞いたら葉っぱを捨てた時点で発熱して帰ったらしい。


 寮で見かけたら何かお礼しておこうと、ひっそり決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る