049:白紙の本
ある日、私は文芸部の部室にいって、借りていた本を返した。
部室にある本は部員ならば借りられる物が大半だ。たまに禁帯出の物がある。
必要なのは貸出ノートに記入する事だけ。私はノートを開いて、返却の欄に日時を書いて、丸をつけた。
「
ノートに書き込む私を見ていた部長が、妙に物憂げに言った。
赤紫の二つ結びはいつも通り綺麗に整っている。柿色の瞳はどんよりしている。小柄な体は椅子の上で体育座りしていた。
書くのには消極的、という事だろうか、それは。
「だってこんなに本があるんですよ? 中等部にいる内に読んでおかないと……あと、書くのは一応、練習はしてますから」
「なら練習の成果を後で私に送る事。
「え!?」
私は部長の向かい側に座って何かの本を読んでいるメロメさんを見て、変な声を上げた。
ショートカットの黒髪を持つ部長程ではないが小柄な美少女は、不思議そうに顔を上げた。
「ペンギン書いてないの?」
メロメさんは本当に何故私を『ペンギン』と呼ぶのだろう。
「……寧ろ、メロメさんは書き上げたの?」
「うん。って言っても原稿用紙四枚もいかないくらいの短いのだけど」
ヤバい。私だけ何もしてない感じがする。
「まー自分のペースで書けばいいが……締め切りができた時が怖いな椿谷部員」
「う……」
物凄い焦りが出てくる。部長の緩やかな脅しは寧ろ怖い。
でも、いまいちまとまりがない物しかできてないのは事実なんだよなあ……。
「……ちょっと、借りる物借りたら
「借りる物とは?」
「幾つか近現代の範囲で」
「まー読むのも勉強だからいいけどねー」
部長はなんだか楽しんでいる様子だった。
私は部室の大半を構成している本棚迷路の中に入った。
日本近現代文学の本は、正直言って難しい物も多い。部室には色々な本があるけれど、最近は背伸びしてそういう本も読んでいる。
「……ん?」
色々な文庫本が並んでいる中に、ハードカバーの本が一冊だけ紛れ込んでいる。
「何これ……」
私はその本を本棚から抜いて、表紙を見た。薄茶色の本はタイトルがない。
表紙を開いて、一ページ目を見てみる。白紙。
目次はあるのか――けど、次のページも白紙だった。
……待て。
一学期の間に私の中に備わった危機管理センサーが警鐘を鳴らす。
危険な物じゃないか?
私はそっと本を閉じて、部長とメロメさんの方に戻った。
「どうしたのペンギ……何その本……怖……」
メロメさんの特殊な視覚には本が何か別の物に見えるらしかった。
「ごめん、メロメさん、何が見えてるの?」
「表紙が目に釘を刺された豚の頭に見える……」
うん、危機管理成功だ。
「なんの話なのか分からないが、椿谷部員、一般的な見方で見える物を報告しろ」
部長に言われて、私はその本を二人の間の机に置いた。
その瞬間、メロメさんがぎょっとした顔で後ろに椅子を引いた。
「この豚……生きてる……」
「牡丹座部員の見え方に加えて?」
部長が私を見上げて首を傾げる。
「中に何も書いてなくて、白紙のページが続いてるんです」
「最後まで見たりした?」
「最初の何ページかで判断しました」
「いい判断だ。これは『詩篇』に類似する本だ」
「え……」
「条件は一つ『学園の本棚』だけでどこにでも現われる。中身は白紙だが、途中に手書きで何か書いてあって、それを読むと失明する。処分すると……分かるな?」
以前に不思議記録に書いた『詩篇』に関する記録の通りだと、処分しようとすると変死して見つかる。いや、何が起きたのか分からないけれど、文芸部の活動日誌を見た限りではそう説明するしかない。
「それ……どうするんですか?」
「
「はい」
「いやいくよ!! そんな怖い本見つかった後で一人にしないでよ!!」
部長が本を取ると、メロメさんは絶叫して私にしがみついてきた。
……うんまあ、よく考えたらランダムでこんなとんでもない物が置いてある部室で一人にはなりたくないな。
「一緒にいこうねメロメさん……」
「ありがとうペンギン!」
「では、躑躅峠女史の所にいくぞ。恐らく学園で保管してくれる筈だ」
「あ、神社とかではないんですね」
「これは供養できない」
……『憧れの部活に入ったけど、部室がヤバすぎる件』とか、ラノベのタイトルにありそうだな……。
現実逃避的に考えながら、私は部長の後からメロメさんに腕を抱かれて職員室に向かった。
結局、本は躑躅峠先生が預かる事になった。
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