034:遣い蛇
何かのタイミングで、部活が違う人と同じ帰り時間になる事って、たまにある。
その日、私はたまたま弓道部に所属している
黒髪を長くまっすぐに伸ばした、紫色の瞳が迫力のある美人である菫川さんは、鞄と弓袋を持っている。
「同い年の友達と帰る事って、なかったんだよね」
いつになく上機嫌で、菫川さんはにこにこしている。
「そう言えば……
菫川さんは
「小学校は猿黄沢小学校があるけど、今いる三人が卒業したら廃校になるっていう話が出てる。中学校は
「じゃあ、菫川さんはどうして桜来に?」
「家から門鍵中に通うより、
うん、こんな志望動機の受験生がきて、私が先生だったら無条件に入れちゃう。それくらい猿黄沢は危険だ。
ただ、リアクションには凄く困る。
「あれ……
私が答えを出す前に、菫川さんは前方にクラスメイトを発見した。
ショートカットにした茶髪、細身で足が長い体は確かに綿原さんだ。後姿でも分かる。
私、菫川さん、綿原さんって結構珍しい組み合わせだな……綿原さんはなぜか、やたらゆっくり歩いている。
「どうしたの? 綿原さん」
私は綿原さんに声をかけた。
「
そう言えば綿原さんって生物部だった。
蛇、と聞いて私は以前体験した怖い出来事を思い出した。
綿原さんはスマホでそのヘビを撮影しているらしい。
見たいかと言われると、そんな事はない。
でも、ヘビと聞いた瞬間、菫川さんが真顔になって綿原さんに並んだ。
「……このヘビ」
「黒い斑紋があるからヤマカガシかと思いましたが、首に首輪のように黄色い輪があ――」
どうしたんだろう。菫川さんは無理矢理、綿原さんの口を塞いだ。
「解説はいい。椿谷さん、きて。綿原さんも。走るよ。間違ってもヘビを踏まないで」
あ、ヤバい。
菫川さんが何か知っているという事は、そのヘビは何かヤバい物だ。
「え? でも」
「いいから!」
「あ、待って!」
菫川さんが綿原さんの手を取って走り出すので、私は慌てて追いかけた。
ちらっと地面を見ると、確かにそのヘビはするすると、私達に構う事なく進んでいた。
絶対に踏むな、って事は当然、危険な『何か』だ。ヘビの形をしているだけでヘビなのかも怪しい。
「なんですか!? 何か――」
「黙って!!」
綿原さんが叫んだ瞬間、それを掻き消す勢いで菫川さんが叫び返した。
少し進んだ所で、菫川さんは走る勢いそのままに振り返った。
「もう大丈夫……」
ゆっくり、菫川さんは歩調を落として、立ち止まった。
「なんだったんですか!?」
綿原さんは菫川さんの前に立って尋ねる。
「遣い蛇様が脇道に入ってくのが見えた……遣い蛇様の邪魔はしてないって事になる……」
菫川さんは紫色の目を見開いて、汗をだらだら流しながら呟いている。
「だ、大丈夫? 菫川さん……」
私はハンカチを取り出して、菫川さんに渡した。
「ありがとう……特徴を聞いてたから対処できたけど、初めて見た……」
ハンカチで汗を拭く菫川さんは、きた道を振り返った。
「……ねえ、ひょっとしてかなり危ない物だった?」
「黒い斑紋と黄色い首輪に見える模様のヘビは『遣い蛇様』って呼ばれてる」
「猿黄沢の伝承のような物ですか?」
綿原さんもとんでもない物と出くわしていた事を理解したらしく、冷や汗を垂らしながら会話に入ってきた。
「遣い蛇様は『四方手の神様が人を呼ぶ時の使い』って言われてる。邪魔をすると本来呼ばれている人の代わりに『連れていかれる』って、聞いた……」
四方手の神様――猿黄沢で神社がある神様だ。
「人を呼ぶ……それはつまり……」
「どこで話を聞いたのか知らないけれど、学者の人が調べにきて、今は引っ越した家に泊まって探してた」
具体的な話が出てくるのが本当に怖い。
「私が生まれる少し前の話だから名前は知らないけど、その人は遣い蛇様を見つけて、捕まえようとした」
「捕まえたんですか?」
綿原さんって結構マイペースだな……。
「捕まえられなかったって聞いた。その学者さんは遣い蛇様を見たって言いながら苦しんでいるのを発見されて、病院に運ばれる途中でお亡くなりになった」
私は綿原さんを見た。
「……私、大丈夫なんですかね」
「今大丈夫なら大丈夫だと思う……でも、念の為に
「はい……」
綿原さんはいつものハイテンションを失くし、青い顔で頷いた。安心するのは早いのだろうか。
私達は三人で染井寮に帰って、この事を寮監先生に報告した。
その時、菫川さんのスマホにお母さんから連絡があって、猿黄沢でお亡くなりになった方がいると聞いた。
長く寝た切りだったご年配の方だと、菫川さんに聞いた。
『遣い蛇様』は、その人の所にいったのだろうという話になった。
……今回はかなり危なかったな……。
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