033:開けない本
その日、私とメロメさんは一緒に文芸部の部室にいって、
部室には大量の本があり、それを入れる本棚が迷路めいている。
私は最近気になっている『
メロメさんは――本棚迷路の中で何かしている。いや、本を探しているんだろうけど、何を探しているのかは聞いていない。
「あれ」
不意に、メロメさんの声がした。
「どうしたの?」
私は声をかけた。メロメさんの小柄な姿は本棚に遮られて見えない。
「変な本があった」
その瞬間、関心なさそうに文庫本を読んでいた部長が顔を上げた。
「
そして、危急の事態が起きたかのようにメロメさんに要求する。
「分かったー」
メロメさんって先輩相手でも敬語使わないのはなんでなんだろう。
勝手は分かっているので、メロメさんはすぐに本棚迷路から出てきた。
その手には、一冊の本がある。灰色一色の表紙で――待て。
「メロメさん……それ何?」
見た感じ、変な所がある。
「土竜の本」
聞く相手を間違えた。多分、メロメさんには本がモグラに見えている。
その変な本は、何か紐のような物で縫いつけられて、どうやっても開けないようになっているようだった。
背表紙の側から開ける部分を一周するように縫われて、絶対に開かないようになっている。
「牡丹座部員、その本を貸せ」
「はい」
部長は赤紫の二つ結びを揺らして、柿色の瞳でメロメさんの手にある本を見た。
メロメさんから部長が本を受け取ると、タイトルが見えた。
『詩篇』
ただそれだけ書かれているけれど、作者名の表記がない。
そして、やっぱりその本は何かで縫われていて、決して開けないようになっている。
「見落としていたな……二人共、間違ってもこれを開けないように」
部長は本を机の上に置いて、自分の後ろにある棚に向かった。
「狼魚先輩、その本なんで目を閉じてるの?」
メロメさんの見え方は相変わらず意味が分からない。本に目があるというのか。
「よくある都市伝説ではあるが、これに関しては『本物』と見ていい。
「はい!」
身長の低い部長は、棚の上の方を示して私を呼んだ。私は部長が指さしたノートを取った。
『桜来学園中等部文芸部活動記録 Vol67』
活動記録がある事は知っていたけれど、今は部長が書いているから、あんまり意識はしてなかった。
私はそれを部長に渡した。
「この活動記録によれば、この本に掲載されている『野辺の送り』という詩を読むと失明する……だけならばいいが」
都市伝説で『声に出して読むと近い内に不幸が訪れる』って言われる詩は聞いた事があるけど、本物?
「失明か……」
メロメさんを見ると、何か考えるように腕を組んでいた。
あんまり怖くなさそう……メロメさんが怖がるのは命の危機を感じた時くらいな気もするけど。
「別に読まなくていっか!」
「絶対に読んじゃダメな流れだよ!?」
何をどう考えたらそうなるんだ、メロメさん。
「本当に読まない方がいい」
部長は机の上に活動記録を広げた。
一ページにある記述を指で示されて、私とメロメさんはそこを読んだ。
『9月6日、興味本位で『詩篇』掲載『野辺の送り』を読んだ部員4名(3年1名、2年2名、1年1名)が目の痛みから病院に運ばれる』
『9月20日、6日に記した4名全員が失明した。『詩篇』は本を縫いつけ、開かないようにすると決定』
……どうしてこの頃の先輩は『詩篇』を処分してくれなかったんだろう……。いや対処はしたんだろうけど、そんな本はしかるべき所で供養して欲しい。
「四人も一度に失明……」
流石に精神にきたらしく、メロメさんは珍しく青い顔になっている。
「部長、どうするんですか? この本……」
できれば校外に出して欲しい。
部長は黙って、ある記述を示した。
『9月24日、『詩篇』を縫いつけた三年生が変死して見つかる。これで文芸部の部員は2人に減った』
『11月20日、部長が『詩篇』を処分すると言って四方手神社に向かった。結果、供養できないと断られた』
『12月10日、『詩篇』を捨てようとした部長が行方不明となり、『詩篇』だけが見つかった』
『1月8日、部長の亡骸が発見された。詳細は伏す。今年度の活動はこれで終了とする』
……前にも『開くと不吉な鍵付きの本』があったけど、この『詩篇』に関してはもっととんでもない物だという事は理解できた。
「流石にこれを処分できるのは本物の霊能力者だけだろう」
部長は恐らく、この記述を以前にも読んでいたのだろう。平気な顔で私とメロメさんを見上げた。
「それにしても人の目に触れない所に封印した方がいいよ……」
「メロメさんに賛成です」
「そうだな」
その後、三人で部室のどこに置くか考えた。
……何かの祟りが起きないといいんだけど。
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