032:名優涅夜様004
映研の自主製作作品を見終えた私と
琴宝は
「こっちなの?」
私は疑問に思って、琴宝に尋ねた。
「
「あー……演劇部ってそんなに厳しいの?」
白菊委員長は演劇部に所属している。厳しいとは聞いているけれど、休日の寮でもお稽古あるんだろうか。
「部屋一つ占拠して練習してる。今は休憩時間じゃないかな」
私がスマホを取り出してみてみると、十時を過ぎた所だった。
琴宝は談話室の扉を開けた。見た所、生徒が思い思いに過ごしている。よく観察すると――。
「いたわ」
琴宝の言う通り、運動着姿の白菊委員長が一人で飲み物を飲みながら、台本らしき物を読んでいた。
「よく分かるね琴宝……」
クラスではそんなに話しているのを見ないけど、実は仲よかったりするんだろうか。
「まあね。覇子ー」
なんだろう、妙にもやもやする。
これも、観察と捕食の対象か?
私が自問している間に、琴宝は委員長の前の席に座った。私は委員長に目礼して、そっと隣に座った。
「ごめん、あれ連れてきたの多分私だわ」
凄く自然に、琴宝は
「相変わらず、思い立ったらすぐに行動するね」
委員長は特に責める事はせず、何か懐かしい物でも見るように琴宝の目を見た。
「事前に相談してくれ。対応するから」
……涅夜様の被害に遭っていてこれだけ寛容なのはもう、物凄く大きな器だとしか言いようがない。
「変わんないのは覇子もだよ。怒られるの覚悟してたのに拍子抜けしたじゃん」
「怒る理由がないな。
さらりと、委員長は私の方にも話題を向けてくれた。
「ごめん、昨日の時点で琴宝かなと思ったんだけど……えっと……」
どう説明すればいいんだ。話考えてなかったぞ。
「大方、映研の映像作品に映っていた物を琴宝が持ってきたという所だろう?」
「……どうして分かるの?」
「映研のフィルムに映りこむのは有名な話だからね」
何か、もっと別の理由がありそうだ。
「委員長は琴宝と前から仲いいの?」
多分、私の言葉には嫉妬も混じっている。どうして委員長に嫉妬しているのか分からないけれど、それより、気になる事を聞き逃していてはダメだと思うから、言葉は口を衝いて出てきた。
「小学校が同じで、塾も同じで、同じ演劇倶楽部に所属していた」
委員長は隠すでもなく教えてくれた。
琴宝と委員長がそこまで深い関係だという事は初めて知った。それは寧ろ納得と、安堵を感じる事実だった。
琴宝を見ると、いつもと変わらない表情――の、中に少し、面白そうな色があった。
「まあ懐かしむ程前でもないけどね。でも、映研の『名優伝説』は間違いじゃなかった――これで」
琴宝は目を細めて、口の端を吊り上げて、獲物でも狙うように白菊委員長を見た。
「やり方は覚えた。手札が一枚増えたね」
やり方、手札……あれ? この話だと……。
「その言いぶりなら、演技は続けているようだね」
琴宝の、映研部員としての演技の話になるよな……。
「は? 今年の映研の主演女優は私だが?」
急に横柄な言いぶりになって、琴宝は私も初めて知る事実を語った。顔が真顔なので、嘘ではないと思う。
「なるほど」
白菊委員長は、笑いをこらえるように俯いて――次の瞬間。
「そうでなくては張り合いがない」
見た事も想像した事もない、獰猛な顔で琴宝に笑いかけた。
笑いかけるというより、肉食獣が獲物を見つけて口を開いたと形容する方が正しいのかも知れない。
琴宝を見ると、目を細めて、口の端を吊り上げる笑顔をしていて、大蛇と虎が睨み合ってるみたいだった。
「何せ覇子は強いからね」
「琴宝もだろう?」
「自分より弱い奴をライバルとは呼ばないでしょ?」
「無論」
委員長は立ち上がり、獰猛な表情をいつもの穏やかな顔に変えた。
琴宝も、にこりと上機嫌そうに笑む。
「最上級の礼を以って君に勝つよ」
「言ってろやドラ猫が」
笑顔でサムズダウンし合う。
自然に、嫉妬が消える。寧ろこの二人が小学校の頃にどんな会話をしていたのかが気になってきた。
「……あれ、待って琴宝。一年で映研の主演に選ばれたって言ったよね」
「ん? うん」
「昨日、いきなり泣いてたけど……」
「演技だよ?」
「……琴宝も名優の素質あるよ……」
やられた。見事にやられた。
私(文芸部所属)はどちらかというと演じる話を作る側なのに、まんまと琴宝に騙された……。
「椿谷さんをからかうのは程々にするように」
「やだね」
「いや、程々でも心臓に悪いからやめて……」
私は琴宝の演技に踊らされたのが恥ずかしくなって、両手で顔を覆った。
週が明けると、寮から涅夜様が消えた噂が流れていた。本当ならいいけど。
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