031:名優涅夜様003
四字熟語の欠けた所を埋めなさいと言われたら、埋められる。埋められなくても、調べて知る事はできる。
数式を見せられたら、考えればいい。タイムアウトなら、後で答え合わせできる。
調べる事もできず、答え合わせもできないとしたら?
多分、自分で考え続けるしかないんだろうな、誰かの言葉をヒントにして、確かめながら。
そして見つけられたものを、答えと呼ぶ時、私は胸を張っていたい。
点呼を終えて顔を洗っている間、そんな事を考えていた。
ずっと一緒にいて、やり取りはそれだけ。
朝の食堂では
「
部屋に入ると、琴宝は急に私の方を振り返った。
「何?」
いつもと変わらない調子。それはちょっとだけ、安心する事で、でも不安なのは何故だろう。
「何かお菓子持ってない?」
なんだか、深刻な事を考えているのは私だけな気もしてくる。
「待って。この間購買でちょっと買った」
「半分こしよう」
「私のなのに図々しいね……」
「映画にお菓子は必需品でしょ」
「だと思うけど」
私は(本当は入れちゃいけないんだけど)デスクワゴンからチョコレート菓子を取り出した。
お茶も欲しいけど……よく考えると涅夜様なんて危険物が歩いてる寮の中を下手に動くべきでもない。
部屋の床に置いてあるテーブルの上には滅多に中身が入らないお茶請け皿がある。そこにお菓子を入れる。
私がお菓子を準備する間、琴宝はテーブルにPCとBDプレイヤーを置いて繋げて、件のDVDを入れた。
「部屋暗くする?」
「やめて。それはマジで怖い」
「じゃあこのままか……」
琴宝は不満そうだけど、私が昨日恐怖体験した事も勘案して欲しい。
「始まるよ」
「うん……」
部屋の中、琴宝と至近距離まで密着した状態で、一つの画面を見る。
ふ、琴宝の肩が私の肩に触れる。
それだけでドキドキするのは、どうして?
私は未知の感覚を捕食するように、お菓子に手をつけた。
映像は映研の自主製作作品だ。いつか琴宝に聞いた。映研の活動は様々な自主製作作品を作る事が主だと。今、何を作っているのかは分からない。
ただ、今、二人で見ているのは、
映像は綺麗に撮れている。演技もしっかりしてる。脚本も難しくなく分かりやすい。
全体的に『俳優の卵を集めて低予算で撮った映画』と言われても納得できる内容だった。
ただ――。
〈旧校舎裏の焼却炉に赤い帽子の小人を見たけれど、あなたはきっと気づかないでしょう?〉
不意に、黒いセーラー服の誰かが、自然に映像に映りこむ。声も、はっきり聞き取れるくらいに入っている。
黒いセーラー服――涅夜様は綺麗なターンを披露して、妖しい笑みを浮かべて駆け出していった。
「怪異を扱った話の中で出る怪異のアドリブ、活舌、体幹の強さ、表情のつけ方。大袈裟なのに自然体に見える動き」
私の横で、琴宝が涅夜様の褒めるべき所を上げていく。
「……化物だってのを忘れちゃうね」
琴宝も、涅夜様が何か、とんでもない物だという認識はあるらしい。
「化物って分かってて、よく見る気になったね……」
涅夜様が出てきたのは作品の終盤。そこからラストシーンが終わり、エンドロールが流れ出す。
「ま、そのわけはその内分かるよ」
「え?」
いつも、私をからかう時みたいな調子で琴宝は笑った。
何か、理由がある?
「あ、ここにも涅夜様出てる」
「え!?」
メイキング映像に、しれっと涅夜様が映って手を振っている。なんだこの怪異のファンサービス精神は。
エンドロールが終わると、最後にお祓いの案内が流れて、再生が終わる。……え? お祓いが必要な物なの?
「……ありがとね、美青」
ディスクを取り出して、琴宝は私の顔を見た。
「……なんの事?」
「
無性に悔しいのは何故か。
私は琴宝の事を知ろうとしているのに、琴宝は私の事を手に取るように分かっているからだろう?
「……うん。委員長に言うのは、申し訳ないから」
「ま、言われても覇子は取り上げないだろうけど。ちょっと気苦労かけたろうし、覇子に謝ってくる」
琴宝はPCを閉じて、立ち上がった。
「あ、私もいくよ」
「ん? 美青はなんも悪くないでしょ」
「隠し事してたから……」
私が答えると、琴宝は柔らかく微笑んだ。
「律儀なやつめ」
……そりゃ琴宝と比べたらね。
とは言わず、私と琴宝は部屋を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます