027:桜来何個不思議
ある日の放課後、私は図書委員の当番で図書室にいた。
きても、自習が目的という人が多くて、図書当番で本を貸し出した記憶は今までに四回きりだ。
……縁起悪いから誰か借りてくれないかなあ……私は部活で今度読む短編を読みながら、溜息を吐いた。
その時、図書室の入り口が開いて、私はそちらに視線を送った。
短く雑に纏めた黒髪、中一の平均身長を上回る長身、中性的な顔立ち――クラスメイトの
「こんにちは、薊間さん」
私は五月蠅くない程度に挨拶した。
「こんにちは。今日は当番か?」
薊間さんはレファレンスカウンターにきて、私に声をかけてくれた。
「うん。薊間さんはどうして?」
「丁度いい。探している本があるのだが、探すのを手伝ってくれ」
あんまり話した事ないけど、物凄い勢いで話を進めるな薊間さんは。
「え……待って、何を探すの?」
「文芸部の部誌『キセキ』の番号が若い順に借りられる限りだ。郷土史研究会の活動で入用になって文芸部に向かったが、古い物は部員にしか開陳しないと言われた。先輩に連絡すると図書室を当たれと言われた」
この間、とんでもない一大事が起きた時、薊間さんが郷土史研究会にいると委員長が言っていた。
「それなら、『キセキ』の寄贈コーナーがあるから案内するよ」
私は文庫本に栞を挟んで、カウンターに置いて立ち上がった。
……でも、郷土史の研究で文芸部の年刊誌を使う?
「すまんな。灯台下暗しとはこの事だ。だが、文芸部の人間が身近にいると助かる」
私がカウンターを出ると、薊間さんは後ろからついてきた。
「まあ、私にできる事があれば手伝うけど……郷土史研究会ってなんの活動で文芸部の部誌を探してるの?」
よく考えると、一年生で文芸部の部員は私ともう一人のクラスメイトだけだから、薊間さんがくる事自体は当然の帰結だろう。
「……耳を貸せ」
薊間さんが声を小さくして距離を詰めてくるので、私はそっと耳を向けた。
「件の『
七不思議?
「待って」
「声を落とせ」
「ごめん」
思わず、大きな声が出た。
「桜来の不思議って七つに絞れるの……?」
声量に気をつけて、私は聞きたい事を尋ねた。
桜来でおきる不思議など、数え上げれば何個不思議だと思うくらいに多い。
いや?
今、薊間さんが言った『四方手の神様』のワードが絡めば……。
「諸説あるが、七不思議と伝わる物は『四方手の神様』関係に限定すれば十二、十三に絞られる。その中で古くから囁かれ、文献資料などから信憑性を導き出せる物が『七つ』ではないか? それが郷土史研究会の考えだ」
少なくとも、私は『四方手の神様』――猿黄沢に伝わる神様を最近まで知らなかった。
「しかし、候補とされる話が時代によって流行り廃りがあると伝わり、よその部の記録も見る事になった」
「その一つが文芸部?」
「そうだ。まあ桜来での事を書いているかは不明だし、文芸である以上脚色も多いだろうがな」
まったく反論できないのが悲しい。
「まあでも……私小説的な物を書く人も多いみたいだし、うちの文芸部」
「ノンフィクションなどあれば助かるのだがな。一般的なノンフィクションと毛色が違いすぎるのが難点だが」
「あー……待って。こっち」
図書室の中でも、文芸部の『キセキ』寄贈コーナーは他の部活の諸々の中でも取り分け歴史が古く、比例して取っているスペースも大きい。
私はその中で、一番古い『キセキ第一号』が置いてある所に向かった。
「何か分かるかは私には分からないけど、ひとまずここから順番に並んでるよ」
「ふむ……ちなみに聞くが」
「何?」
「タイトルは『Miracle』『輝く石』『軌道の跡』『責めを帰す』『鬼籍に入る』の『キセキ』と聞いたが、本当か?」
滅茶苦茶初耳の話なんだけど、寝耳に大雨被った感じだった。
「それ……文芸部いった時に確認した?」
「部長に聞いたが『門外不出』と言われた」
「門外不出どころか、私は今までその意味を知らなかったくらいだよ……」
私は『キセキ第一号』を取り出して、その表紙を見た。
簡潔に『キセキ』というカタカナ、『第一号』という表記のみの表紙が、物凄く不気味に見えた。
文芸部の先輩は、どういう意図でこのタイトルをつけたのか。
部長に聞いてみる事にして、私は長くの歳月を経てまだ綺麗さを留めているそれを薊間さんに渡した。
「ならば噂話の類か……? あまり気にするな。この活動の過程で様々な話を調べたが、古くからある部活には大抵ロクでもない噂がつきまとっている」
「だといいけどね……」
「それから」
薊間さんが急に私の耳元に唇を近づけたので、思わずドキッとしてしまった。
「この事は他言無用で頼む。理由は聞くな」
一方的だけど、どうして薊間さんがそんな事を言うのかは、見当がつく。
以前問題になった『四方手の数え歌』……クラス全員がお祓いを受けたけど、それについて先生は絶対に話題にするなと言った。
同じ『四方手』の名前を冠する神様ならば――薊間さんは不可解そうに私を見ている。
「……気をつけてね」
答えになっていない答えを返すと、薊間さんはどこか儚く、微笑んだ。
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