026:迷葉

 その日、私とメロメさんは珍しく部室で盛り上がって、染井寮そめいりょうに帰ったのが門限ギリギリになってしまった。


 二人で門を潜ると、メロメさんが立ち止まって、寮の玄関にいるクラスメイトを見た。


「ゴリラさんだ」


「ゴリラ!?」


 メロメさんは人間が動物に見える。どう見えてるのか分からないが、少なくとも今言われた梅村うめむら毬子まりこさんにゴリラっぽい要素はない。ないと思う。ないんじゃないかな。まあ多分ない。なくあれ。


「お? メロメに椿谷つばきたにじゃん!」


 梅村さんは振り返って、私達に声をかけてきた。


 梅村さんは短く纏めた黒髪に、平均より高い身長の持ち主だ。顔立ちは身長の割に年相応で、活発そうな印象を受ける。実際、陸上部と水泳部に入っているので運動好きではあるだろう。褐色の肌が健康的だ。


 ……ゴリラって呼ばれてこの対応は凄いな。


「どうしたのー?」


 メロメさんが梅村さんの方に歩み寄って尋ねた。梅村さんも部活帰りだろうけど、玄関前で立ち止まって何をしてたんだろう。


「見ろよこれ! めっちゃ珍しくない!?」


 梅村さんは私とメロメさんに、一枚の、虫食いがいっぱいある葉っぱを見せてきた。


 葉っぱは緑色でハート型、なんの植物か分からないけれど、そこにほとんど真円に近い虫食いの穴が何個もある。


「確かにこんなに虫食いの綺麗な穴がいっぱいあるのは珍しいね」


 でも、虫食いの葉っぱが落ちてるって事は何かの虫がいるって事でもあるよな……普段から怖い目には遭ってるけれど、虫の恐怖は全然違う。


「何これ……こんなの見た事ない……」


 メロメさんは何か、恐ろしい物を見る目で虫に食われた葉っぱを見て、一歩後ろに後ずさった。


 あ、ヤバいな。


 すぐに分かった。メロメさんの視覚を通して何かとんでもない物が見えている。


「まあそりゃこんな穴だらけのはなー」


 梅村さんは葉っぱに開いている穴を通して、メロメさんの目を見た。


 メロメさんは珍しく、本気で怖がっているらしく、スササ、私の後ろに隠れた。


「違う、そうじゃない」


 私の後ろから、メロメさんはそろっと顔を出して梅村さんの言葉を否定した。


「メロメさん……何が見えてるの?」


 部活が一緒だからか、メロメさんのこういう感覚には慣れてきた。


「葉っぱに沢山……黒くていぼいぼになってる蛆虫みたいなのがついてる」


「うぇっ」


 メロメさんの解説に、梅村さんは気持ち悪い物を感じたのか、葉っぱを落とした。


 黒い、いぼいぼ、蛆虫みたい、それが沢山ついているって、メロメさんには何が見えているんだろう……想像すると滅茶苦茶気持ち悪い。


「私ひょっとしてヤバいもん拾った?」


「虫食いの葉っぱの時点で特にいい物ではないよ……」


 メロメさんはたまに常識的な事を言うから、聞いている方は混乱する。


「どうすりゃいいんだこれ……」


「待って。気持ち悪いけど拾ってみる」


「拾っちゃダメ」


 私とメロメさんの後ろから、澄んだ声が聞こえた。


菫川すみれかわー!」


 葉っぱに視線を向けていた梅村さんが叫ぶ。私とメロメさんが振り返ると、黒く長くまっすぐな髪の毛と紫色の瞳が特徴的な菫川けいさんが、弓袋を持って門を潜った所だった。


「カニちゃん、これ何?」


 菫川さんとルームメイトのメロメさんが葉っぱをさして尋ねる。メロメさんには菫川さんがカニに見える。


迷葉まろうば……『迷う葉っぱ』って書いて迷葉。家の中に入れると近い内にその建物に害があるって言われる何か」


 菫川さんは真面目な顔で猿黄沢さるきざわに伝わっている話を教えてくれた。


「六年くらい前、おばあさんとおじいさんの介護の為に猿黄沢に引っ越して、新築の家を建てた夫婦がいた」


 菫川さんは迷葉に歩み寄って、私の方を見た。


「ごめん、椿谷つばきたにさん、持っててくれる?」


「うん……」


 対処できるのが菫川さんだけなので、私は弓袋を受け取った。


「その夫婦には子どもがいて、私はよく遊んでた。でも、その子が迷葉を拾って持ち帰ったら、火事が起きて中にいたおじいさんとおばあさんが亡くなった。不審火だったけど、原因が分からないまま」


 菫川さんは鞄から筆箱を取り出し、中から鋏を取った。


「お母さんに聞いた話だけど、迷葉を入れた家の建物は必ず大きな損害を受ける」


 解説しながら、菫川さんは鋏で葉っぱを二つに切断した。


「曰く『迷葉を見たら二つに千切れ』。梅村さん、この一枚以外に見てないよね?」


 菫川さんは立ち上がって、梅村さんに真剣な眼差しを向けた。


「見てない……偶然見かけただけだし……ちなみに、その、燃えた家の人ってどうなったんだ?」


 梅村さんは話の結末が気になったらしい。


「おじいさんとおばあさんを亡くした一家は猿黄沢にいる理由がなくなって、引っ越した」


 菫川さんは鋏をしまい、筆箱をしまい、鞄を閉めて、私に視線を送った。


「はい」


「ありがとう」


 かなりヤバい物を処理してくれた菫川さんに、弓袋を返す。


「迷葉は季節に関係なく、稀に出てくる。学園で注意してくれないかなこれ……」


「もう菫川データベースを校内で共有してくれ……」


 さっきは意気揚々だった梅村さんが、完全にしょんぼりしている。


 ひとまず、寮が燃えるかも知れない危機は免れた。


 ……門限ギリギリで寮監先生に怒られたけど、菫川さんが迷葉の話をしたら不問になった。

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