025:机の中

 私の昼休みは大体読書か、図書委員の仕事で終わる。


 その日もクラスの自分の席で気になっていた本を読んで、予鈴の音と同時に閉じる。


 私が机から五時間目の授業で使う教科書とノートを取り出す。


 みんな席についていく。右隣の榊木さかきさんも、左隣の藤宮ふじみやさんも席に着いた。


 私が先生を待っていると――。


「ほぎゃー!!」


 藤宮さんが絶叫した。


 思わず、左を見る。ウェービーロングにした茶髪をポニーテールに纏めた藤宮さんが椅子を引いて慄いている。


「どうしたんですか藤宮さん!?」


 藤宮さんを挟んだ席の綿原わたはらさんが血相を変えて立ち上がる。


 藤宮さんは椅子を思い切り後ろに下げて、何か恐ろしい物を見る目で机を見ている。


「机の中に何かいる!」


 え?


 何かいる?


「藤宮さん、触ったの?」


 私は思わず、藤宮さんに尋ねた。


「教科書取ろうとしたらなんか……なんかぐにゅっとした温かい感触がぁ……」


 私の方を見て、藤宮さんは涙目で訴えてきた。


「猫でも入ってるんじゃないのー?」


「うっさい白生かお!! 猫でも怖いわ!!」


 藤宮さんのルームメイトの白生が声をかけてきたけど、藤宮さんはそちらに対しては強気に叫んだ。


「待ってねー」


 声をかけてきたのは、藤宮さんの列の一番前に座っている東蓮寺とうれんじ千咲季ちさきだ。


 千咲季は教室の後ろにある掃除用具入れから火ばさみを取り出して、藤宮さんの机に向かった。


「千咲季……どうするの?」


 藤宮さんは困惑している。


 まあ当たり前か。


「中に何がいるのかなと思って。私、美化委員だし。あ、でも猫ちゃんだと可哀想だな……」


「私、昼休みの間ずっと席にいたけど、猫なんて見なかったよ」


 千咲季が迷っているので、私はその後ろから声をかけた。


「そっか。ありがとう美青みおちゃん」


 私に向けて微笑んで、千咲季は藤宮さんの机を覗き込んだ。


「美青!! 誰か私の机に悪戯してなかった!?」


 その間に、藤宮さんは血相を変えて尋ねてきた。


「いなかった……と思う。まあ私に見えてないだけの可能性の方が高いけど」


「余計に怖いわー!!」


「ご、ごめん……」


 藤宮さん……桜来おうらい入って結構経つのに未だに耐性がないんだ……。


「あ、何かいる」


「ピィ!!」


 千咲季が火ばさみを藤宮さんの机に突っ込んだ。


「なんですか!? 猫の亡霊でしょうか!?」


「猫ちゃんじゃないよ風文子ふみこちゃん……」


 綿原さんは藤宮さんへの心配より、好奇心が勝ったらしい。


「何? 何? 何!?」


 藤宮さんは机から顔を背けて、叫んでいる。


 千咲季は答えず、火ばさみでつかんだ何かを取り出した。


「これは!?」


 綿原さんが叫ぶ。


 火ばさみの先にあったのは、何か……赤系の色で、肉の塊のように見える物だった。ただ、間違っても赤身のお肉ではない。


「猪の肝臓だねー」


 私の部活仲間のメロメさんが遠くから言い当てた。……なんで一目で分かるの? それはそれで怖いよ?


「なんでそんなもんが私の机の中にあるのよ!? 触った時温かかったんだけど!? どういう事なの!?」


「僕に聞かれてもな……ペンギン何か見た?」


「いや……本読んでたけど、流石にこんなの机に入れてる人がいたら気づくと思う……」


 メロメさんに聞かれたけど、幾らなんでも気づかないわけがない。


「またお祓いかー?」


 少し前の方の席で冷やかすような声が聞こえた。


梅村うめむらさん、茶化さないように」


「うおっ!? ツゲ先!?」


 いつの間にか、前の扉から担任の躑躅峠つつじとうげ先生が入ってきていた。


「午後ツゲ先じゃないっすよ!?」


「何か起きていると聞いてきました。東蓮寺さん、それはゴミ箱に」


「はい」


 先生はすぐに指示を飛ばしてきた。


「それから、藤宮さんは中の教科書類を確認してください」


「無理です!!」


椿谷つばきたにさん、お願いします」


「はい……」


 凄く見たくなかったけど、私は藤宮さんの机の中を見た。


「……なんか……何かの汁が滲んでて、一通りダメになっています」


「机ごと廃棄して、新しい机と教科書を配布します。お祓いは不要です。椿谷さん、綿原さんは藤宮さんを手伝ってください。萩中はぎなかさん、三人が授業に出られない間のノートをお願いします」


 先生の指示により、事態は沈静化した。


 ……なんだか隣の席って事で巻き込まれたけど、そんな事より藤宮さんへの心配が先に立つな……。

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