Melomeworks001:錆びたハイエナ
人間が動物に見える、って言ったらどうする?
僕――
そうなんだ、嘘でしょ、何言ってんの?
まあ色々だ。
でも実際に動物に見える。一緒に部活をしているペンギンなんてあまりにもペンギン過ぎて本名が頭に入ってこない。
動物に見えると言っても、全部の人が普通の動物に見えるわけじゃない。
付随する情報がある場合もある。
家の近所にある洋菓子店のパティシエさんだった。
最初はハイエナの顔に何か、染みのような物があるのかなと思っていた。でも、よく観察するとそれは金属についているような錆だった。
「どうして錆びているんですか」
僕が聞いても、本人はよく分からないらしかった。
「錆びてないよ。ほら、おまけだ」
なんだか僕はそのハイエナおじさんに気に入られていたらしく、よくシュークリームを一個、多く貰えてた。
たまにお小遣いを貰って洋菓子店にいく。たまに家族で食べるのにおつかいを頼まれる。そうやって通っている内に、錆びたハイエナの錆はどんどん増えていった。
ハイエナおじさんの錆には最初から気づいていたけれど、ある日を境に『これはもしかして』なんて思うような事が増えた。
お小遣いを貰って、好きな作家の本を買って、家路に就く途中、洋菓子店による。
看板にある『臨時休業』の文字。
「あら、メロメちゃん」
聞き覚えのある声は、いつも洋菓子店でお買い物している近所のカバマダムの物だった。
「ハイエナのおじさん、どうしたの?」
僕が尋ねると、カバマダムはびっくりしていた。
「
あ、五反田さんって言うんだ。錆びたハイエナは。
「もう戻ってこない?」
「どうかしらねえ。またここのシュークリームが食べたいわねえ」
「僕も食べたい」
でも、無理なんじゃないか。そんな気がした。
カバマダムは何故か少し悲しげな顔をして、僕にキャンディをくれた。
最後に見た時、錆びたハイエナの顔はほとんど錆びついていて、まともに物を見るのもつらそうだった。
声、音、伝わる空気の振動は、少しずつぶれて歪んで、弱っていくのが分かった。
もう、ハイエナのおじさんには会えないのかな。
悲しくなって、少しの間、洋菓子店の近くにいく事を避けていた。
お母さんから洋菓子店が閉店する、最後に少しだけ開くと聞かなければ、いく事はなかったと思う。
久しぶりに見たハイエナのおじさんは、錆が手にまで及んでいて、体が震えていて、僕は人がどうやっていなくなるのか、その少し前を見ているような気分になった。
「ああ、メロメちゃん」
ハイエナのおじさんは、僕を見た。その目は――錆びた金属に浮かぶ緑色の何かが浮かんでいて、僕は上手く目を合わせていられるのか不安だった。
「メロメちゃんの言う通りだったのかも知れないねえ。きてくれたら、と思って取っておいたよ」
振り向いて、ハイエナのおじさんは一つの箱を取った。
「お母さんによろしくねぇ」
その箱を僕に渡して、錆びた顔のハイエナは微笑んだ。
ギリッ、という音が聞こえた。
「お代……」
「いいよ。サービスだ」
本当にいいの?
でも、何を言っても受け取って貰えそうになかったから、僕は箱を受け取ったまま、ハイエナのおじさんを見上げた。
「お体ご自愛下さい」
ぺこりとお辞儀すると、ハイエナのおじさんはギコッと笑った。
「ありがとう」
僕は心の中で『もうこの人には会えないんだろうな』なんて思いながら、洋菓子店を出た。
一週間後、ハイエナのおじさんの訃報が届いた。
箱一杯に詰まったシュークリームは、もう味わえないんだと思い出の中に閉じ込めて。
僕は後悔しながら、後日、ハイエナのおじさんの遺影を拝ませて貰った。
写真の中のハイエナに、錆なんてなかった。
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