009:お花が咲いている

 その日はよく晴れていた。


 暑くなるかな、でも猿黄沢さるきざわは涼しいらしいから、そんな話をルームメイトの琴宝ことほとしながら、二人で教室に入った。朝はそこまで暑くない。


 私達が教室に入ると、黒板側の窓際に何人かのクラスメイトが集まっていた。


 そこには、担任の躑躅峠つつじとうげ先生が座る席がある。でも、先生の姿は見えない。


「どうしたのかな」


「案ずるより産むが易し」


 私はたまに琴宝の事が分からなくなる。


 私の疑問をぶん投げて、琴宝は自分の席に鞄を置いて、先生の席に向かった。私も気になるので、琴宝の後ろの自分の席に鞄を置いて、琴宝に続く。


「あ、橘家たちばなやさん。椿谷つばきたにさんも」


 今日も綺麗なワンレンボブを決めているクラスのご意見板、柳下やぎしたはなさんが私達に気づいた。


「おはようございます橘家さん椿谷さん!」


 ショートヘアと穏やかな顔つきが柔らかい綿原わたはら風文子ふみこさんは、何か興奮した様子で挨拶してきた。


「おはよう」


 琴宝の隣の席の楓山かえでやま雪夢きよむさんは特に表情もなく、こそっと囁くような声で続けた。


「おはよう……」


「おはよう。どうしたの……って」


 琴宝も私もすぐに気づいた。


 先生の席にお花が咲いている。


 いや、意味が分からないか。


 先生の使う椅子や机からじかにお花が生えている。


 赤、黄色、青で花弁の形がそれぞれ違う。共通するのはと、どうやら先生の席に根を張っているらしいという事だけ。


「これ、誰が見つけたの?」


 琴宝は先にきていた三人に尋ねた。


「きよむーだよー。なんかヤバいらしい」


「ヤバい?」


 柳下さんの言葉は謎を呼ん……でもいないな。机から椅子から花が生えているのは謎すぎる。


「見てて」


 楓山さんはポケットから小石を取り出した。


「……楓山さん、どうしてポケットに石入れてるの?」


 私は疑問を抑えきれなかった。


「護身」


 護身具に小石?


「いやきよむーコレクションでしょそれ。って気をつけてね?」


「ん」


 柳下さんが訂正している。コレクションでもよく分からない。


「凄いんですよこれ!」


 綿原さんは興奮している。何か、未知の生物を見つけて生体観察しているようなテンションだけど……。


 コロッ、と楓山さんが小石を先生の机の上に落とした。


 その瞬間、信じられない事が起きた。


 楓山さんが落とした小石から、葉が生えて、茎が伸びて、白詰草のような白い花が咲いた。


「白詰草が生えましたね! 桔梗、マリーゴールド、鳳仙花ときて白詰草! 次はなんでしょう!?」


 綿原さんははしゃいでいるけど、今起きた現象が何を意味するのか……考えるだけで鳥肌が立つ。


「……ねえ、これ危ない奴じゃない?」


 私の推測だと、多分この不思議なお花はを『触る事』を条件に伝染する。


 今の所、誰も机と椅子に触ってない。


「触ったら、って事だよね」


 琴宝はすぐに、私の言葉の意図を汲んでくれた。


「触ってみる」


「ダメだよきよむー!」


 藪から棒に手を伸ばした楓山さんを、柳下さんが止める。


「不思議なものを見ても安易に触ってはいけませんよ」


「だってさ、美青みお


「ん? うん……」


 琴宝が私を煽ってくる。確かに触った事はあるけど、それを言い出したら琴宝もそうだ。


「どうしたんですか〜」


 私達があれこれしている内に、机と椅子の主人である躑躅峠先生が出席簿を持ってやってきた。


 淡い茶髪をおさげにして、ノーフレームの眼鏡をかけた先生は、私達の様子を見て、柔和な顔に微笑みを浮かべた。


「先生の机がお花畑になってまーす」


 柳下さんが簡単に説明した。


 確かに、分かりやすく言うと先生の机がお花畑になったとなる。


「柳下さん、綿原さん、楓山さん、椿谷さん、橘家さん、保健室にいって体に異常がないか見て貰ってきてください。ホームルームは出席と扱います」


「何故ですか!?」


 先生がいきなり指示してきたのが疑問なのか、綿原さんが大きな声を上げた。


「床伝いに何かがあるかも……って事ですよね?」


 自分で言っていて寒気がした。


「椿谷さんの言う通りです。石を落としてそこに花が咲くなら、近くにいるだけで危険です」


 先生の言葉に、柳下さんと綿原さんが青い顔になった。多分、私の顔も青い。


「五人じゃ一時間目間に合わなくありませんか?」


 琴宝は本当に心臓と肝が頑丈らしく、平然としている。


 私は楓山さんが机の上の小石を取ろうとしたので、慌てて止めた。


「身の安全を優先してください」


「分かりました。いこう」


 琴宝は平然と歩き出した。


 柳下さんと綿原さんがギクシャクと琴宝の後ろについていくので、私は小石を名残惜しそうに見ている楓山さんの腕を引っ張って、教室を出た。


 保健室の先生から大丈夫というお墨付きを貰うまで、生きた心地がしなかった。


 教室に戻った時、先生の机はいつも通りに戻っていた。

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