004:勿忘沼のメヌシ001
その頃の私は、桜来で起こる不思議な出来事に少し辟易していて、どこかでリラックスしたいなんて考えていた。
折りしも休日、どこかに出かけたい。
点呼を済ませて、朝食を食べる為にルームメイトの
休みの日にどこかにいきたい。まあよくある願望だ。でも、桜来のある
そんな事を琴宝に言っても仕方ない。琴宝も猿黄沢にはきたばかりだし。
二人で朝食のトレイを受け取って、席を探すと……目が合った。
つぶらな瞳は黒曜石みたいで、パッチリしている。睫毛がバシバシ長い。顔立ちは整っており正に『美少女』を絵に描いたような存在だった。ショートカットにした髪の毛が少しボーイッシュな印象を与える。
「おはよー、ペンギン」
彼女――クラスメイトで部活仲間でもある
「おはよう、牡丹座さん。
牡丹座さんの前の席には、彼女のルームメイトの菫川
「おはよう」
「おはよう。ここ、いい?」
琴宝は躊躇わずに菫川さんの隣の席にトレイを置いた。
「いいよ」
菫川さんは澄んだ声で答えた。
「ペンギンもきなよ」
「う、うん……。あの、なんで私の事『ペンギン』って呼ぶの?」
牡丹座さんは自分の隣の席を勧めてくる。丁度いいので、私はかねてよりの疑問を口にした。
「ペンギンはどう見てもペンギンだよ。それ以外ないよ。こんな完全な形のペンギン初めて見たもん」
まるでわけが分からないなりに何か理由はあるらしい。本当にわけが分からないけれど。
「それよりさ、今、カニちゃんと釣りにいく話してたんだけど、二人もくる?」
牡丹座さんはぼんやりと私達を見た。
「釣りかー」
私はそんな風に返した。
リフレッシュしたい、と言ってもそれは『街の娯楽に触れたい』という事で。
どちらかと言えばインドア派な私は自分が釣りをしている所を上手く想像できない。
「いいね。いこういこう。
「え」
断ろうとした時、琴宝が思い切り食いついた。今まで琴宝はあまり部屋から出る娯楽を嗜まない感じだったけど、意外とアウトドアも好きなのだろうか。
「ペンギンもいこうよー」
そして、牡丹座さんも誘ってくる。
「くるよね、美青」
琴宝の圧はなんなのだろう。
「……どこにいくの?」
「どこにいくの?」
琴宝は思いつきで乗ったらしく、牡丹座さんを見た。
「カニちゃんから聞いたんだけど、いい感じの釣りスポットがあるらしいんだよ」
「いい感じとは言ってないよ。釣りができるっていうだけで」
牡丹座さんの答えに、菫川さん(何故かカニと呼ばれている)は素早く訂正を入れた。
そう言えば……菫川さんはクラスの自己紹介の時、猿黄沢の出身だって名乗ってた。
だから、地元の事にも詳しいのかも知れない。
「釣りができればそれはいい感じだよ」
牡丹座さんの感覚はいまいち理解しがたい。いや、同じ文芸部員なんだから、もう少し歩み寄った方がいいか。
私はそんな事を思った。牡丹座さんとは(ペンギンと呼ばれているのもあって)まだそれほど話していない。牡丹座さんの方からはフレンドリーだけど。
それに、菫川さんともそんなに話した事がない。
丁度いいのかも知れない。まだ猿黄沢のどこに何があるのか知らないけれど、菫川さんなら知っていそうだし。
……打算的だろうか。
「……いってみたいけど、何か準備する物ある? 私、釣りに使うような物、何も持ってないけど……」
ただ、釣竿など持っていない。
「汚れてもいい動きやすい服と、お守り。簡単な釣竿なら木の枝とミシン糸で代用できるし」
菫川さんはいった事もあるらしく、すぐに具体的、かつ簡潔に教えてくれた。
「そっか……ん?」
待って。菫川さんはなんて言った?
お守りって言った?
「菫川さん……お守りが必要なの?」
「あった方が安心かな。
一気に話が不穏になってきた。
「じゃあ、ご飯食べて着替えたら寮の玄関に集合かな」
琴宝は全然怖くなさそう。いつもそうだけど。
「コブラさん釣竿持ってる?」
「ないけど素潜りで獲る」
「それはやめた方がいい」
琴宝(多分、牡丹座さんにはコブラに見えてる)と一緒なら大丈夫な気がしてきた。
何故、琴宝がコブラなのか、何故、菫川さんはカニなのか、分からないけど、牡丹座さんと一緒にいけば分かるかも知れないし。
ひとまず、休日の予定は決まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます