002:いる

 私と琴宝ことほは、クラスメイトでルームメイトだ。


 私が『それ』に気づいた時、琴宝はもう気づいていたらしい。


 お日様が上っている内に分かる事はない。


 夜になって、消灯時間になって電気を消す。


 部屋の隅の二段ベッドは私が下の段で、琴宝が上の段だ。


 ベッドとは逆の位置に二つの机が並んでいる。並んでいる間隔が五十センチほどあって、その壁に姿見が嵌め込まれている。


 一日の授業を終えて、部活を済ませて、寮に帰って宿題をして夕ご飯を食べる。お風呂に入って琴宝と喋る。


 いつも、私の方が先に眠くなる。身長は私の方が高いのに、琴宝の方が大人っぽい。コーヒーもブラックで飲める。


「おやすみ、美青みお


「おやすみ」


 琴宝は部屋の明かりを消して、暗い中で器用に梯子を上る。私は琴宝の寝息を聞いた事がない。寝顔を見てみたい気持ちがあるけれど、琴宝が寝ている時は私も寝ているから見られない。


 今日も、『それ』は机と机の間にいた。


 なんなのか、具体的に分からない。


 お化けとか幽霊と言えるようなものだと思う。でもその言い方は全然、具体的じゃない。


 すり……すり……と壁に柔らかい物をこすりつける音がする。


 初めて気づいた時は怖くて、動けなくなった。琴宝がベッドの上の段にいると分かっていても、彼女の気配を感じられない。


『それ』の気配は露骨だから。


 発見してから大分経つ。でも、まだ慣れていない。夜の密室は暗く、静かだ。少しの音が異様に大きく聞こえるような、そんな空間に『それ』はいる。


 壁に何かをこすりつける音は、体をこすりつけていて、きっとあの何かは毛むくじゃらの姿をしているんだ。


 勿論、寮監には相談した。先生にも話した。ただ、何かは分からないし、対処法もない。部屋を見ても貰ったけれど、『それ』はなんの痕跡も見せなかった。


 夜に『いる』と分かる。それだけで、害はない。


『それ』が静かになるのが何時くらいか、怖くて時間を見られないから分からないけれど、気配が静かになるタイミングがある。私はその間に眠りに就く。


 朝になって、ベッドから『それ』がいた所を見ても、何もない。


 今日も私は、『それ』が静かになるまでぼんやり目を閉じているのだろう。


「ペットだと思えば可愛いもんだよ」


 琴宝はそんな事を言っていた。


 多分、琴宝には心臓が十個くらいある。


 翌朝、私が起きると机の間には何もなかった


 全然、いつも通り。


「おはよう、美青」


 私より早く起きて着替えている琴宝も、いつも通り。


「おはよう……顔洗ってくる」


「いってらっしゃい」


 だから私も、いつも通りの朝のルーティンを始める。洗面室に向かう。


 とてももやもやするのは、害がないだけでなんなのかは一切分からない『あれ』の手がかりが何もないからだと思っている。


 視線を向けるのは、怖い。


 変な生き物は桜来おうらいで度々見るけど、もしもとんでもない化物だったら? 心臓の持ち合わせが一つしかない私は口から心臓を吐き出して『それ』を威嚇するだろう。ナマコみたいに。


 ……でも。


 クラスメイトにこの事を話したら、割とあっちこっちで似たような現象があるらしい。


 全寮制の桜来の寮はクラスごとにエリアが決まっていて、部屋割りは同じクラスから二人ずつになる。


 一クラス十六人だから、部屋数にして八部屋ある事になる。


 何かしらおかしな事が起きている部屋は六部屋ある。それも、私が聞いた範囲だし、クラスの中だけだから、よそのクラスを含めるとどうなるか分からない。


 もう少し寮生に優しく、桜来学園は神職の人でも雇ってくれないだろうか……。


 すり……すり……誰かが上履きを引きずる音を聞いて、私は心臓が破裂するかと思った。


「おはよー、ペンギン」


 謎の存在よりも理解しがたいクラスメイトに声をかけられた。


「おはよう、牡丹座ぼたんざさん」


 私の事をペンギンと呼ぶ彼女に朝の挨拶を返して、私は洗面室を出た。


 ナマコは無理だな。




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