33話 動力源は、怒り。それでも

「あんなの! あんなのってないよ!! 獣人魔族って、本当に獰猛で、凶悪なんだね……!! くっそお!!」


 僕らは。あの獣人魔族に滅ぼされた街の隣の町まで引き返してきて、宿屋の中で怒りに満ちた口調で話し合った。


「小さな子供もいた。剣を持って戦った男たちはともかく、抵抗しない女の人や、その女の人が抱いている赤子まで殺してた。あいつらは、本当にケダモノだな」


 セルファも。普段はあんなに温厚なセルファも、瞳にすごく冷たい光を灯して、なんだかとても怒っているみたいだ。


「……しかし。私たちも、私たち人間も。魔族を殺してその肉を喰らい、魔法を使います。人間を殺した獣人魔族たちも、私たちが魔族を獲物として見るように、人間を獲物として見ていたのかもしれません……」


 パンネさんのその言葉に、僕とセルファは衝撃に打たれた。


「……人間は、選ばれた存在で……。その他の命を自由にしていい。そんな事を教会では教えますが。私は、それに対しては違和感を覚えていました。殺すものは、殺される覚悟を持たねばならない。私はそのように思います。ただ、同種同族を殺されて怒りを覚えない。それもまた、不自然なことかと思います」


 パンネさんは、なんだか。とても難しい問題に挑んでいる哲学者のようなことを言い始めた。


「僕らが、魔族を殺すのは悪いことなの? パンネさん」

「いえ。魔族はこちらがどういう行動をしていても、人間を襲います。ゆえに、こちらが魔族を殺すことに斟酌しんしゃくを覚える必要はないのですが……。魔族が人間に逆らってはならない、逆らうべきではないなどという考えは、向こうには通じもしないというだけの話です」


 セルファは、落ち着いてパンネさんの言う事を聞いている。流石に魔導師のセルファは頭がいいらしく、パンネさんの言う事を吸収して嚙み砕いているようだ。


「それでは、パンネさん。例の、抑止力を以って相手にこちらを襲わせない。こちらが力を持っていれば、敵は手を出せないということを実現するための。その条件を満たすために、僕らはもっと力をつけないといけない。そして、力に暴走させられないだけの力の器、つまり力を持つ理由を見つけないといけない。そういう事ですか?」

「そうなりますね。国であれ個人であれ種族であれ。暴虐に抗する力を持たないものは、暴虐に屈するしかありません。もしくは自ら命を絶つか。自分が自分でありつつ、自由に生きる。実はこの当たり前に思えることには、とてつもない実力と意志力が必要になるのです」


 パンネさんは、何が過去にあったのだろうか。こんな風に、「力」に関して深い考え方を持っているなんて。

 パンネさんは、「力」に関して語るときに、そういう過去の事を聞かれることを許さないような、凛然とした空気を醸し出す。僕たちは、それだからいままで聞くことが出来なかったけど。僕はこの機会に聞いてみることにした。


「パンネさん。パンネさんはシスターで。戦う事も無いのに、何でそんなに『力』に関する考え方が深いの? 僕、ずっと不思議に思っていたんだ」


 パンネさんは、僕がその質問をすると。立ったままで、顎に拳を当てた。そして、暫く考えたのちに口を開いた。


「私にはかつて・・・兄がいて。兄は、聖騎士だったの。神聖なる教えと、戦いを両立させなければならない、難儀な職業よ。その兄が、聖神ニルダ様の神聖なる教えと、現実の混濁とした世界になんとか折衷点をつけようと苦しんでいて。その様子を幼いころから見ていた私が知ったのは、理想は理想としてあり、現実は現実としてある。そして、理想は現実を変えようと思わねばいつまでも叶わないし、現実というものは理想を持たねばただただ腐れはてる。そういう事だったわ。兄は、有能な聖騎士だった。でも、ある事件に巻き込まれて、死ぬことよりも性質の悪い呪いをその身に受けてしまって。いまは、時間が止まった状態のまま、私の実家のベッドの上でずっと眠り続けているの」


 それを聞いてしまった僕は。何でパンネさんが神聖術を究めることを目指しているのかがわかってしまった。


 ぜんぶ、お兄さんを助ける為だったんだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エグザイル・デヴィルクイーン ~魔界追放女魔王様、勇者を育ててみるのこと~ べいちき @yakitoriyaroho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ