31話 旅と生活費
「動かないでくださいね。傷口を治癒いたしますから。急に細胞分裂が促進されますので、多少の痛みを伴うかもしれませんが。それでも傷は治せます」
とある街で。パンネさんが、腕に生傷がある戦士に頼まれて怪我を治し始めた。パンネさんが言うには、神聖術の治癒術というものは、「傷の存在が固定されてから」であると、治すのが凄く難しくなるらしい。つまり、怪我を負ったら即治療。それが最も好ましいらしい。それで、幼少期に火傷を負ったマーフさんの傷痕を治すことが出来なかったのかと、僕はこの時初めて知った。
僕やセルファは戦闘要員であるので、魔族狩りの仕事や薬草摘み、魔石拾いくらいしか生活費を稼ぐ手段はない。その点、治癒のスペシャリストであるシスターのパンネさんは、病や怪我を負った人を治すことによってお金を稼げる。ハッキリ言って、僕ら二人の稼ぎとパンネさんの稼ぎは、比べてしまえばパンネさんの方が多いくらいだ。
「……おお! 直ったぞ!! 凄いな君は!! まだ若いというのに、大した腕だ! 商売物の腕がオーガにやられたときは喰い詰めるかと思ったが。これでまだ生活をしていける。助かった。礼金は弾む。これでも、ここら辺では名の知れた戦士なのだよ、私は。稼ぎはいい方だから、安心して礼金を受け取ってくれ」
パンネさんに腕を治してもらった戦士は、金貨を幾枚か紙に包んだ金子をパンネさんに渡した。すごい。何枚なのかはわからないけど、破格の報酬だ。
「テュト君、セルファ君。金貨5枚も貰っちゃった♪ ヴィっ♪」
「おー!!」
「凄いですね、パンネさんは」
僕とセルファは一時間に満たない時間で金貨5枚を稼ぎ出したパンネさんに、驚きと褒める声を上げた。
「最近ね、旅に出てからだけど。君たちが怪我したりしたのを治したり、町や村で色んな人の怪我や病気を治して。自分のシスターとしての腕が、ぐんぐんと上がっていることを実感しているの。私はもう20代だけど、成長は少年期だけの特権じゃないわよ」
そういって、得意そうな顔をするパンネさん。そして、少し誇らしそう。
「でもさ。こういうのって、自分たちの力で冒険や旅をしてるって実感あるよね。実感わくよね、うん」
セルファがそんなことを言う。
「それに、もっと言ってしまえば。自分で生きているって感じが凄くする。実家の屋敷で何不自由なく暮らしていた時に比べて、何ていうか。全てが凄く鮮明で明瞭で。リアリティに富んでいるように世界が見えるよ」
ふーんむ。たしかに、僕も。ディアナさんに守られながら戦うのと、自分たちだけでディアナさんの助けなしに戦っている今回の旅での戦いは、経験の深みや重さが違うように感じられる。僕らみたいな子供が大人になるにあたっては、頼れるものがあっても敢えてそれを頼らずに自分の力を磨くことが大切なのかもしれない。
そういえば、僕はもう15歳になっている。誕生日は相変わらず思い出せないが、あの、ディアナさんに剣と鎧と盾を貰った日を新しく誕生日だと思うようにしているんだ。だから僕の15歳ってのは、そこから計算した場合の話だけれど。
セルファは、実は僕と同い年だということが分かった。女性の歳を言うと怒られるので、あんまり本人の前では言わないがパンネさんは僕らよりも6歳年上の21歳だ。
「今日は上客さんに恵まれちゃったなぁ。テュト君、セルファ君。お金いっぱいあるから、晩御飯は酒場で豪勢に行っちゃおうか?」
いつもお酒を結構な量飲むパンネさんの豪勢って、どれくらいなんだろうかと思いつつも、パンネさんの口ぶりだと僕らもお腹いっぱい好きなものを食べていいって言われていると思って。僕もセルファもつばを飲み込んでお腹をぐうと鳴らした。
「まず、生ハム、カマンベールチーズ、ピスタチオナッツ。あとは、ポテトスライスの塩バター炒め。それから、ビール大ジョッキ!!」
驚くべき程の、飲んべえさんのパンネさん。だいたい、お酒の飲むのはいいけど、つまみのチョイスがおっさん臭すぎるよ。僕も生ハムとかチーズは好きだけど。
「僕は、カルボナーラのパスタ。上にパセリアッセを散らしてね」
セルファの注文はそれで。
「僕は、鉄火丼の大盛。マグロの中落ちも入れてくださいね」
僕の注文は、これだった。
2時間後。酔っ払いまくったパンネさんと、お腹がはちきれそうになった僕らは、宿屋の同じ部屋でぐーぐー寝ていた。
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