29話 完全に自由な行き先

「あー。空がきれい」

「風がいい匂いするね」

「草原の草花の波って、何でこんなに美しいのかしら」


 僕らは、テルアーブ王国の東の草原を歩きながら。流れる雲や、薫り高い風や、風で波立つ草花の中に通っている一本の街道を歩いていた。


「どうする? 僕ら、どこに向かうにも自由だよ?」


 僕は、セルファとパンネさんにそう言った。


「旅には、方針が無くちゃ行けないってモノではないわ。今は、この人間界に魔王が現れているわけでもないし」


 パンネさんが、王様に貰った純白のシスターコートを風にそよがせながら、そんなことを言う。長い髪の毛は、後ろ頭の高いところで結わっている。


「逆を言えば、どんな方針を取ってもいいって事でもあるよね。僕さ、魔導都市イセアルに行ってみたいんだ。あの都市には、本当に色々な魔導に関する文献があるっていうから」


 セルファは、自分の行きたいところを口に出した。


「僕は、剣闘都市サーガルドに行ってみたい。そこにはいつも強者がいっぱいいるって話を、聞いたことあるんだ」


 僕も、自分の願望を口に出す。


「私は、神聖都市ホーリアムに行きたいですわね。教会とは別に、神聖術が勉強できる場所ですから」


 パンネさんにも行きたい場所はあるようだ。


「うーん。みんなはさ。その行きたい都市がどこにあるか知っているの? 僕は、サーガルドの場所を知らないんだけど」


 僕がそういうと、セルファもパンネさんも笑った。


「知ってるわけないじゃんか。世界って広いもん」

「私も残念ながら。ホーリアムの場所は知りません。風聞を集めて、探すしかないですね」


 二人とも、地道に情報を集めようと言い始めた。僕にも異論はない。


「何事も。初めてだしね、僕ら。ディアナさんが保護者としてついてきてくれない冒険は初めてだよ、僕」


 そう言った僕に、パンネさんが言葉を送ってきた。


「私は、イナダールの王墳墓が初めての冒険でしたよ。普通、教会勤めのシスターというものは冒険をしたがりませんですからね。私は、少しじゃじゃ馬なのかもしれません」


 そんなことを言って、自分でくすっと笑う。


「僕は、冒険自体が初めてだよ。魔導学院で魔物狩りの実習くらいはしたことあるけれど」


 セルファが、そんなことを言いつつも自信ありげな表情をしている。


「まあ、でもさ。ディアナさんも、アクエスさまも。そして、王様も。僕らに自由に旅していいって言ってくれたってことは、僕らなら大丈夫だって思ってくれたからかもしれない。でも、気を付けようね、みんな。知らない土地には、知らない魔獣や魔族や、野獣や猛獣が出る。それに、山賊や馬賊が現れるかもしれない。いざというときには、襲ってくる人間だって殺さないといけないかもしれない。少し前に、パンネさんが言っていたような、相手を無力化する絶対的な力は僕らはまだ持っていないんだから」


 僕がそういうと、セルファは。顔に少し厳しい色を出して言い放った。


「……人は殺したくないけどさ。こちらだって死にたくないんだ。理不尽に襲ってきて、こちらの説得にも応じないようだったら。僕は人間でも殺すよ。父さまと話して、そういう事をしなければ人間は生きていけないって。世の中の厳しさが少しわかったから」


 セルファの言葉を聞いて、パンネさんが指先をクルクルさせて口を開いた。


「いざというときには、逃げることも視野に入れておきましょう。人間を殺さずに、殺されずに済む方法としては、交渉説得の次に有効ですからね」


 まあ、とにかく。草原を歩きつつ、その道の先に続く東の隣国に向かって。僕らは歩を刻み続けた。


「ん! なにこれ?! タマゴ? それと、ベーコン?!」

「セルファ? ベーコンエッグも食べたことないの?」

「こういう質素な物。食べるの初めてなんだ。凄く美味しいね!」


 夜になって、草原にテントを張って。ランプの灯りの下で、炎魔石を仕込んだ携帯用コンロでパンネさんが焼いたベーコンエッグとコーンスープにセルファがしきりと美味しいと感心している。


「こんなお安い材料で喜んでもらえるなんて。作った方としては嬉しいわね。ほら、パンも食べて。ちょっと硬くなってるから、スープに浸してから」


 パンネさんも僕とセルファと一緒にテントの中での晩御飯を食べて、やっぱりにこにこ笑っている。

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