27話 勇者と大魔導師、目指す(テュト視点)

「昨日、さ。父上と話したんだ。夜遅くまで。父上は疲れているのに、僕の想いを全部聞いてくれた。僕はやっぱり、父上が好きだよ。人を殺す仕事をしている人でも」


 僕とパンネさんがヒュール伯爵家のセルファ君の部屋を訪れると。

 セルファ君は、ベッドの中ではなく、テーブルの前の椅子に僕らと一緒に座って、紅茶を飲みながらそう言っていた。


「そうなんだ。何を話したの?」


 僕は、この家で出る美味しいレモンパイを食べながら聞いてみた。


「人を殺すことを、お前が本当に厭うならば。私はそれをお前に強要しない。人には人を殺さぬ生き方を選択する自由もある。ただ、自分の身を守るためには、人を殺せる力は持っておけ。全ての人が、自分が殺されぬからと言って人を殺さぬわけではない。人を殺すことに快楽を感じるのは魔族だけではない。人の中にもそう言った輩は存在するのだ。そのような者たちには、力という言葉しか通用しないぞ、ってね。教えてくれた」


 パンネさんが、レモンパイを食べた口をナプキンで拭きながら、そのセルファ君の言葉に応えを返した。


「アクエスさまの仰っていることは正しいと思います。先日も言ったように、殺されぬために殺せる力を持ったうえで、敢えて殺さない事。それこそが力と平和の折衷点なのですから」

「はい。その事は父からも言われました。平和を唱えて、不戦を唱えて。敢えて殺されることも厭わぬというのは何かの思想に憑りつかれた者のみにできる行動だと。殺す側の人間は、何の躊躇もしないで殺されるつもりの人間を殺しつくすものだ。死にたいのならば殺してやる、死にたくないのならば従え。それが、覇権強国のやり口であるという事も。父に聞かされました。自主自立を守り、奴隷になりたくなければ。自分が自分として生きて生きて行くためには。敵と戦う事は避けて通れぬ道だ。そのようにも言われました。それで、僕は。父上が何故軍人をやっているのかを分かったような気がしたのです。父上は言いました。『力というものは大きければ大きいほど暴走しやすい。大きな力を扱えるものの事を、器が大きい、というのだ』と。力を持って、それに慢心し、人を見下し。力無き者をまるで人でないように、卑しむように。そのような目で見るものは、己が握っている力に呑まれてやがて身を滅ぼす。器を超える力を求めるな。力を求めたいのならば、器を大きくすることが先だ。そんなことも、たくさん語ってくれました」


 セルファ君は、自分が罪人を処刑したことには、何とか心の中で折り合いをつけたらしい。罪人の罪状が、愉快犯の連続殺人であったということも聞かされたと言っていた。人を殺して喜ぶような者に最後の断罪を下したこと。そのことについては、なぜそのようなものが産まれてしまうのかという疑問は持ってはいたものの。放置しておけば更に人が死ぬという事で自分を納得させたらしい。


「セルファ君。僕は勇者を目指すよ。セルファ君は、大魔導師になることを本気で考えている?」

「……うん。それで、敵を圧倒することで。やましいことを考えている人間を改心させて、真っ当な道に戻せるというのなら。僕は力と力の器を持ちたいと思う」

「じゃあさ。僕らと冒険をしようよ。色んな所に行って、いろんな経験を積んで。色々な土地を見て、様々な人に触れて。器も力も大きくしよう。あ、でも。セルファ君は、伯爵家の跡継ぎか……。セルファ君のお父さんが許してくれるかなぁ……」


 僕がそういうと、セルファ君はクスクスと笑って言った。


「君たちの事も、父上に話したよ。僕が、友達と話をして。勇者になりたいって言っている子がいたから、僕は大魔導師になるんだって言い合っていたって言ったら。お前ももうそろそろ、旅に出る時期かもしれない。私も昔は、魔導や魔術の腕を磨くために仲間と旅に出たものだ。旅は良いモノだぞ、視野も視界も、了見も大きくなるぞ、ってね」

「それじゃあ?」

「うん。身体が本調子まで戻ったら。僕は君たちと行動を共にしようと思ってる。父上は、伯爵家の息子だからと言って、家に閉じ込めきりにするつもりはないと言ってくれたからね。まあ、母上は。セルファに何かあったらどうするつもりですか! って父上に喰ってかかってたけど、父上に言葉でも力でも敵うわけないよ。結局、折れて納得した」


 パンネさんがその話を聞いてくすくすと笑った。


「母性が強いお方は。過干渉になるほどに子供に拘泥こうでいするものですからね。母上君にも、言いたいことは沢山あるのでしょうが。年頃の子供を家にずっと閉じ込めて成長の芽を摘むことの危険性にまでは気が回らないようですね」


 パンネさんのその言葉を聞くと、セルファ君は苦笑いした。


「母上はね。愛情深いんだけど、その代償を求める悪い癖があるんだ。愛しているのだから、それなりの見返りを寄こしなさいっていうね」

「愛情というものは、本来無償で発生するものです。有償の愛は、実は愛とはまた異なる様々な欲望が起こすものですよ」


 相変わらず、人の心理に詳しいパンネさん。この人を敵に回したら、おっかないんだろうなって。僕はちょっとだけ怖くなった。


 でも、パンネさんは、にこにこにこと。常と変わらない。翳のない笑顔を放って周り中を元気にしてくれる。この人は、どんな夢があって神聖術を究める事を願っているのだろうか。


 そう言えば、パンネさんは自分の目的は語っても、夢は語らない。パンネさんの夢って、何なんだろうな。

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