26話 力への意志(イルディアナ視点)
「テュト。何を考えている?」
私が王宮勤めから帰ってくると。テュトが抜き身の剣を睨みつけて、何かを考えこんでいた。
「あ、ディアナさん。お帰り」
「ああ、ただいま。何を考えているんだ? 剣などを見つめて」
「うん……」
テュトは、しばらく前に。オーク狩りに出て、そこで自分たちを助けてくれたセルファという少年の話をし。最近になって彼が父親の命によって人を殺してしまい、それによって酷く衰弱していると言う話をしてくれた。
「その、彼っていうのが。ヒュール伯爵家の跡継ぎなんだけど……」
「? アクエス殿の息子という事か?」
「うん。それで、パンネさんと一緒にお見舞いの形になっちゃったけど、話をしたんだ」
「パンネ嬢も一緒にか。ならば特に問題は起きなそうだが……?」
「うーん……。パンネさんがさ。『人を殺したくないのならば、いつでも人を殺せる力を持って、その上で人を殺すな』って言っていたんだよ」
「ふむ……。真理だな」
「僕も納得させられた。それで、セルファ君が少し元気になったんで、話をしたんだ。僕は勇者になるから、セルファ君は大魔導師になろうよって」
「そうか。つまり、初志の通り。君は強くなりたいと。そう思ったわけだな?」
「うん。相手の命を奪う自由があるなら。奪わない自由も自然と発生するでしょ?」
「そうだな。魔族の掟に近いが、それは繰り返すように真理だ」
「弱い者の唱える平和ほど、陳腐なものは無い。パンネさんはそうも言っていたよ」
「ははは。弱者の唱える平和は、命乞いと変わらぬ。それもまた真理だ。命が惜しければ強くなれ。これも魔族の法だが。納得できるか? テュト」
「そうだね、よくわかる。いつ何が起こるかわからない世の中だもの。自分の鍛錬を怠っていいわけがない」
「そう思えているうちは、大丈夫だ。……おや、いい匂いがするな」
「パンネさんが夕食を作ってるんだよ。サーモンのソテー作るって言ってたかな」
「そうか、それは楽しみだ」
私はそう言って、テュトの前に座り込んで、暫く雑談をした。
そして、テュトとパンネ嬢と私の楽しい晩餐。私は最近、この時間が楽しみになってきているのだ。
「アクエス殿」
私は翌日。王宮に出仕すると、魔導師団長のアクエスに声をかけた。
「……あ、いや、失礼。おはようございます、ディアナ様」
何か考え事をしていたのか、アクエスは体調が悪そうだった。
「具合が悪そうだな。大丈夫か? 貴殿は多忙だ。疲労がたまっているのではないかな?」
「いえ、国の仕事には精気を注ぐことを惜しみもしませんが。少し身内のことで悩みがございまして」
「息子殿が、寝込んでいる事か?」
私がそういうと、アクエスは少し驚いた顔をしたがすぐに冷静な顔になった。
「ご存知でしたか。実は、先日。人を殺すことを酷く厭う息子に、死刑囚の処刑をさせまして。人を一人殺せば、度胸も座ると思っていたのですが、その結果酷く衰弱してしまって……。あの子は、魔法を使うための感性は繊細で鋭く、魔導師としての素養はこれ以上ないほどに優れているのですが……。優しすぎるのです。この乱世を生きるには。私の跡を継いで、魔導師団を背負って立たねばならぬ息子が、あのように柔弱では……」
「アクエス殿」
私は、きっぱりした口調でアクエスの名を呼んだ。
「? 如何致しましたか? ディアナ様」
「優しきものを、柔弱と断ずるのは如何なものと思うぞ。冷酷で固く、剛なるモノを息子殿に求められているのか? そのような人材は、使い捨てならばともかく、
「……仰ることは、分かります。あの子は、心が豊かです。豊かがゆえに、些細なことに心を痛める。その痛みに耐えられるだけの強さを持ってくれれば……。わが跡継ぎとして、私を超えられるのですが……」
アクエスも、散々に悩んだ末に息子に人を殺させた様子が感じ取れる、痛恨の表情を浮かべていた。まだ機が熟していないうちに、行動を起こしてしまったのかと。
「なに。子供というものは、弱いようで強いものだ。息子殿もまだ若いらしいではないか。ちゃんと心の傷のケアをすれば。より強くなって、より優しくなって。蘇るものだよ。安心したまえよ、アクエス殿」
アクエスは、私の言葉に頷き。僅かながらに顔の暗さが取れたようだ。
「ところで、セルファの事を何処で知ったのですか? あの容体になってからは、外部との出入りはほとんど切っているというのに」
「私が、子供を育てている話は知っているな? 血は繋がっていないのだが、私の大切な息子か弟のようなものだ。この子供が、とあることからセルファ君と知り合いになってな。度々、貴殿の邸宅に訪れて君の息子と話をしているらしいのだ。私たちと同居しているシスターを連れてな」
「……そんな事が。仕事にかまけて、息子のことを放置する親には分からぬことが沢山あるのですな……。わかりました、私も息子の想いをもう少し聞いてみることにします。それで、息子が元気になるならば。私は、自分の疲労の事をどうだとかこうだとか言ってはいられませぬからな」
「いや、自分の身も大切にしてくれよ。貴殿は、この国に無くてはならぬ存在だ」
「無論、国への奉仕も欠かしませぬ。しかし何やら、ここが私と息子の正念場のような気がいたします。きちんと話を聞いて、あの子の苦しみを軽くしてやれるようにしてまいりますよ」
アクエスは、そういうと。玉座の間の方に歩んでいった。
私は思った。アクエスは、貴族としての厳しさは持っているが。
父親としての個人性は、尊敬すべき優しさを持った男だと。
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