24話 名家の息子
「はーっ……。助かったよ、ありがとう。危ないところだったんだ……」
「だろうね」
魔導師のローブを着た少年は、僕とあまり年も変わらないように見える。
でも、大人びた表情で、落ち着いて相変わらず爽やかな表情で笑っている。
「君、名前は何て言うの? お礼をちゃんと言いたいから。教えてよ」
僕がそう尋ねると、ローブの少年は。ちょっと考えてから口を開いた。
「名前かぁ。教えたほうがいい? あんまりいいコトにはならないと思うけど」
そんなことを言う。
「……そのアイスブルーの髪の毛は……。ひょっとして貴方。ヒュール伯爵家の類縁の方でないの?」
パンネさんが、様子を見ている状態から突然少年にそう突っ込んだ。
「あ。バレてるんだ。僕はさ、セルファ・ヒュールって言って。この国の魔導師団長のアクエス父さまの長男さ」
「へ? 高位貴族の跡継ぎになるような身分じゃんか?!」
「……そうなんだけどさ。僕は家督を弟に譲ろうと思っている。父さんが死んだ時にはね」
「なんで? さっきの君の使った風の術。凄かったよ? 才能不足ってことは無いでしょ?」
僕がそういうと、セルファ君は微妙な表情をした。
「僕さ。魔物や魔族は殺せても、人間を殺せないんだ。それどころか、人を傷つける怖れがある場合。なんだか怖くて、初歩魔法も放てないんだよ」
セルファ君は、酷く悩ましいことを考えているような表情になった。
「……まあ、確かに。我が国の魔導師団長の跡を継ぐという事は、魔法によって軍事活動をして、大量の敵兵を殺し、また。被害に遭った味方が死んでいく様を見ることになるわけですから。見た所繊細そうな貴方には、難しいことかも知れませんね」
パンネさんがそう言った後に、付け足した。
「でも……。そういう優しい子は嫌いじゃありませんよ、セルファ君」
「え?」
セルファ君は、パンネさんの優しい笑顔に、なんだか顔を赤くした。
「そんなこと、言ってくれるんですね。僕は父や師からは、魔導の立派な資質を持ちながら、戦場では物の役に立ちそうにない柔弱者と呼ばれているのに」
「酷いな。人間が人間を殺したくないって思うのは。優しい心を持っていれば当たり前に感じる事なのに」
「……そうだよね。僕もそう思うんだけど。君も、人は殺さないのかい?」
「うん。僕は魔族しか殺さないよ。本当は、あんまり魔族も殺したくないけどさ。僕らの人間界に出てくる魔族は殺さないと。僕たちの住む場所が無くなるし」
「戦いに。喜びを感じることある?」
「正直言ってあるけど。自分の力を実感したときに感じる気持ちよさは、クセになりがちかも」
「うん……。僕は戦いが嫌いだけれど、生きるための戦いはしなきゃならないって事は分からなきゃって自分で自分に言い聞かせている。でも、腰が引け気味なんだ。君さ、名前は何て言うの?」
僕は、セルファ君に名前を聞いておいて、自分はまだ名乗っていないことに気が付いた。
「あ、ゴメン。僕はテュトっていうんだよ、セルファ君。そうだね、お礼もまだ言ってなかった。僕らの危ないところを助けてくれて、ありがとう」
「うん。いいよ別に。大したことしてないし」
「凄いな。あんな術を使って、大したことしていないって」
「うん。魔術魔法の素質だけは、父さま譲りで豊かなんだ。でも、僕は自分が嫌いなんだよ。自分の、心の弱さ。敵を目の前にして、相手の気持ちを考えちゃう甘さ。欲しいものがあっても、我を張って周りを押しのけてそれを手に入れようという執念が湧かない淡泊な心。僕は、自分が嫌いでたまらないんだよ」
「……だから、あんまり心が人間と通じない魔物や魔族は殺せるんだね?」
「うん、そういう事だよ。あんまり心が痛まないから。それでも、自分の心にダメージを受けることもあるけどね。メンタル痛みやすいんだ、僕は」
セルファ君がそこまで言うと。パンネさんが杖を腰にかけて、腕を組んで言葉を紡いだ。
「心優しいことは、恥ずべきことではありませんよ。ただ、強さを伴わない優しさは、優しさとは言えません。強靭なメンタルを持ったうえで、人を思いやれる優しさを失わないでいられること。でも、これは。誰もが望みますが、鋼の精神力を持ってしまった者は、他者の痛みの鈍くなりがちで、他者の痛みに敏感なものはメンタルが脆くなりがち。人間の心というモノは難しいものです」
「……お姉さんは、シスターみたいですけれど……。随分、人の心に詳しいですね」
「まあ、シスターになるための課程にはカウンセラー能力を身に着けるという事も含まれていますから」
「そうですか……。貴女の名前は何ておっしゃるのですか?」
「パンネです。元々は教会のシスターだったのですけれど、今は退職してフリーのシスターをやっていますよ」
「時々。僕のメンタルの相談に乗っていただけませんか?」
セルファ君はそういうと、懐から自分の住所が書いてある名刺を出して、パンネさんに渡した。
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