14話 眼鏡マフラーの盗賊ちゃん

「にがっ!」

「こら、テュト。勝手に私の酒など飲むな。誕生日がわからんとは言え、君は13歳相当なんだろう? 変な酔い方をしたら吐くことになるぞ」


 私は、テュトを伴って酒場に来ていた。盗賊は何故か酒場が好きなもので、大体これくらいの規模の酒場にならば二、三人の盗賊は客として混じっている物である。


「オレンジジュース飲んでいい? ディアナさん」

「かまわん。おい、給仕。オレンジジュースを一本くれ」

「はーい。カウンターのお客さん、オレンジジュースオーダーでーす!」


 景気のいい店らしく、店員の声がハキハキしていて気持ちがいいものだ。


「おい、お嬢さん。一杯どうかな? 奢るから、相席してもよろしいかな?」


 私は、デカい眼鏡とマフラーで顔を隠した娘のいるテーブル席に腰を下ろした。


「……どうぞ」


 眼鏡マフラー娘は、ぼそっと答えた。


「テュト。そこのカウンター席でジュースを飲んでいるんだよ?」

「はーい、ディアナさん」


 テュトは、先ほど私が頼んだタラのカルパッチョを食べながらオレンジジュースを飲んでいる。その様子を確かめてから、私は彼女に尋ねた。


「一言で言わせてもらうが。その腰の鞭を見てピンときた。君は盗賊だな。それに、ピッキングの道具も腰に吊るしている」

「……まあ、あながち間違いではないですが」


 眼鏡マフラー娘は、否定をしない。


「なに。責めるつもりなど全くない。何しろ、私達は盗賊の仲間が欲しくて探していたのだからな」

「はあ……。そうですか」


 なんだか、妙に感情の温度が低い子だ。何か暗い過去でも持っているのだろうか? 色付きレンズの入った眼鏡の向こう側の視線は見えないために峻別が付きづらい。それに、口元もマフラーでがっちり固めていて、飲み物を飲むときもストローで飲んでいる。


「……うむー……。そう言ったことには、興味がないのかね?」

「いえ。稼げる仕事ならばぜひ仲間に入れてほしいですが。実際の所、私は盗賊ギルドでも最末端のケチな盗賊ですから」

「なにやら、不本意そうだな。なぜ、盗賊などをやっているんだ?」

「私、整形手術したくて。昔、顔に火傷を負ってしまったんですよ。それで、その後が醜く残っているので。いつも眼鏡とマフラーで顔を隠しているんです」

「……そうか。女の子だものな。それは辛かろう」

「はい。辛いです」

「それで、その手術代を稼ぐために盗賊をやっていると?」

「はい。女で顔に醜い傷があると、何処でも雇ってもらえませんし。指先だけは器用ですし、身体能力もそこそこいいので何とか盗賊で食べていけていますが、まあ、貯金は少しずつしかできていません。このままでは、若さを失った頃にしか、顔の修復整形の手術は出来ない計算になります」

「……それはキツイな」

「はい、キツイのです」

「では、一発逆転の大儲けの話があれば、動くという事か?」

「勿論です。何の躊躇もなく話に乗らせて貰いますよ」


 眼鏡マフラーちゃんは、ストローでチューチューとモスコミュールを飲んでいる。


「国外に出る話になるのだが……。とある砂漠の国の王墳墓から、大量のアンデッドモンスターが溢れだしていて、周囲の人間を襲うという事件が起こっている。砂漠の国はイナダールというのだがな。そこの王が、アンデッドの発生の原因究明とその封印を施したものには大きな褒賞を与えると言っている。私達は、そこに向かおうと思っているのだが。一緒に来ると言ってくれるとありがたい、王墳墓という物は、トラップの見本市のようなものだからな。盗賊がいなければ、とても奥までは進めない」


 私がそう言うと。眼鏡マフラーの盗賊娘は、眼鏡をはずした。

 なるほど、酷いケロイドが顔を覆っている。


「これ、昔。私の家に愉快犯が放火して、私はそこから逃げ遅れて。それでついた火傷なんです。この不気味な顔した女でも、良いんですか?」

「構わんよ。私も過去に色々あってな。顔面に傷を負った者や、皮膚が溶ける業病に侵された者たちも見てきている。その程度のことで、差別や偏見は持たん」


 そこまで私が言うと。


「私。マーフって言います。そこまでちゃんと私を見てくれて、それでも引かない方ってなかなかいません。わかりました、一緒にお仕事を致しましょう」


 マフラーを顎まで引き下ろして、ケロイドだらけの顔で、ニコッと笑うマーフと名乗った娘。


 こう見れば、いい表情を浮かべる可愛い娘ではないか。

 私はそんな風に思うのだが、やはり人間たちの間では皮膚の一枚二枚が大切なのかもしれない。マーフに早く金を稼がせて、望みの手術をさせてやりたいと思う私であった。

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