12話 無謀な勇気
ダンジョンの中をぽつぽつと歩いて降っていく。元々は鉄鉱山だったこのダンジョンは、鉄の結晶が大方掘り尽くされたために今は廃鉱となっており、その人の欲望の赴くままに掘り尽くされた無秩序に広がる洞窟には、今や魔物や野獣が大量に棲みついているとのことだ。
ただ、この鉱山が廃鉱になったとはいえ、そう多量でなければ良質の鉄鉱石が採れることには変わりはない。このダンジョンは、鉱山としての採算が合わなくなったがために廃鉱になっただけなのだ。
「『
私は時折坑道に現れる野獣猛獣を魔法で焼き殺しては進んだ。テュトも後をついてくる。魔族が現れることもあるが、その類の連中は私の強烈な魔力に当てられて、逃げ去っていくので、結局私は野獣や猛獣を相手に戦うだけで済んだ。まあ、魔族同士の殺し合いという物は余り気持ちがいいものではない。避けられるならばそれに越したことは無い。
結構奥まで進んだところで、ランプの火で曲がってきた洞窟内の分岐路の確認をする。テュトと私は、羊皮紙にきちんと地図を描き記していたのだ。
「鉄鉱石は、もっと奥か。この鉱山もずいぶんと人間に荒らされたものだ」
私がそう独りごちると、テュトが口を開いた。
「掘り尽くされたに近い鉱山なんだから、そう簡単には鉄鉱石は見つからなくて当たり前じゃない? ディアナさん」
「まあ、そうともいえるが」
「地図はちゃんと描けているから、もっと先に進もうよ」
「うむ。そうだな」
私とテュトは更にダンジョンの奥に歩を進める。
すると、妙な唸り声が聞こえた。
「……その先に、大きな空洞があるな。そこに何かいるぞ」
私は光源に影響されないで視界を開ける魔眼の力で、それを見通した。
「ん? 僕にはまだ何も見えないけど?」
テュトはそういう。だが、私はこの先にいる
「少し待っていてくれ、テュト。この先には難物と言っていい怪物がいる可能性が高い。それを私が片付けてくるまで、ここで待っているんだ」
「……そう。分かったよ、ディアナさん。待ってる」
テュトは聞き分け良く、その場に座り込んだ。
「では、行ってくる。なに、モノの10分もあれば片が付くさ」
私はそう言って、奥の巨大な空洞部分に足を踏み入れた。
「……ハイドロヒドラか……。道理で、プレッシャーがあるはずだ」
奥の空洞の中頃の位置に、そいつはいた。水属性のヒドラ、ハイドロヒドラだ。しかもコイツは相当に年嵩を重ねているらしく、首の数が10を超えている。
ハイドロヒドラは、私の気配に気が付いたのか。こちらに歩み寄ってくる。
「ナニモノカ? ココハ私ノ領域。立チ入ルトイウノナラバ、容赦ハセヌゾ?」
「フン。誰に口をきいているつもりだ。貴様如きの脳筋の化け物など。わが、魔法の一撃にて消し飛ばせるのだぞ?」
「ククク……。何者カハ知ラヌガ、威勢ノイイコトダ。デハ、遠慮ナク喰ワセテモラウカナ?」
「愚かな。魔族でありながらこの私が何者であるかも悟らぬとは。まあ、いい。貴様如きの頭の悪い奴に名乗る名前はない。早速戦うとしようではないか」
私は、後に飛んで指で印を組み、魔法詠唱を始めた。
「猛き炎の精、イフリートよ。汝が有り余る力以ってわが敵に炎の洗礼を浴びせよ」
洞窟の中に、炎の魔力が集まってくる。それはさらに私の体を包み、構えた両手の間に伝わって、極大の火炎弾を幾つか作り出した。
「『
その炎の球を、連続でハイドロヒドラに向かって叩き込む。ハイドロヒドロは弱点と言っていい炎攻撃をまともに喰らって悶絶した。
残されたハイドロヒドラの首は2本ほどしか残っていない。
「どうしたの?! ディアナさん!! 今の音、何?」
強烈な魔法の炸裂音に驚いたのか、私を心配したのか。テュトがここにきてしまった。マズい!!
「ソノ様子ヲ見ルト。ソノガキ、オ前ガ大切ニシテイル物ラシイナ? ナラバ一矢報イルタメニ、ソノガキノ命ヲモラウゾ!!」
ハイドロヒドラが、残りの二本の首からハイドロブレスを噴き出してきた。本当にマズいぞ! アレは強力な酸性毒を含んでいる。私ならばともかく、テュトが直撃を受ければ大ダメージは避けられない。そう判断したとたんに、私はテュトの盾になっていた。
「ハハハ!! ナンダオ前ハ? ソレダケノチカラヲ誇リナガラ、ソンナムリョクナ子供ヲ大切ニスルノカ? オカシナ奴ダ!!」
ハイドロヒドラの笑い声が聞こえるが、ハイドロブレスの直撃は流石にダメージがデカい。人間の姿を捨てれば、なんの痛痒でもないのだが、私を人間だと思い懐いてくれているテュトの前でそれはしたくなかった。
「デハ。処刑ノ時間ト行コウカ!!」
ハイドロヒドラは、再びハイドロブレスの溜めに入る。
その時。
テュトが思わぬ行動に出た。
「うああああああっ!!」
ミドルソードを鞘払って、ハイドロヒドラの柔らかい腹部に斬りかかったのだ!
「止めろ! テュトっ!! 返り討ちに遭うぞっ!!」
私は絶叫した。最早、人間の姿がどうこうといっている場合ではない。
本然の、皮膜の翼と曲がりくねった角を持つ魔族の王の姿を取り、遠隔で鍵爪を振る。
たったそれだけで、ハイドロヒドラはズタズタに切り裂かれた。
それはいい。それは良いのだが……。
「ディアナ……さん? その姿は?」
「……テュト。お前といた時間は楽しかった。だが、見ての通り、私は魔族だ。人間と相容れて生きることがとても難しい存在だ。お別れしよ……」
「あん? 何言ってんの? ディアナさん?! 僕は、ディアナさんが魔族だろうが何だろうが。変わらずに好きだよ。そんなに、僕の心が安いものだと思ってたの?!」
えらくご立腹なテュトであったが。私には、それが嬉しかった。
「秘密だからな、私が魔族だという事は」
私は、こっそりとテュトに言う。
「承知したよ。二人だけの秘密って、なんかいいじゃん♪」
テュトは、魔族の恐ろしさを知らないからか、それとも私の心を愛してくれているからなのか。
何のこだわりもなくそう言い放ってくれた。
私は、思わず落涙してしまった。こんなやさしい子供は、滅多にいるものではないと。
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