10話 戦場からの帰還(イルディアナ視点)
「何を食べているのだ? 君たちは?」
私が要塞攻略戦を終えて、1か月ぶりにテュトとの部屋に戻ったとき。
一人のシスターとテュトが、テーブルについて何やら串焼きの肉らしきものを食べている。
「あ、ディアナさん。お帰りなさい」
テュトが、口に含んだ肉を呑み下して、串を皿の上に置くと私に向かってそう言った。
「……なるほど。魔物の肉を喰っていたか」
「え? なんでわかるんです?」
「魔力の香りがする」
私がそういうと、シスターが感嘆の声を上げた。
「凄いですね、魔力に匂いなんてあるんだ……。さすがにディアナ様です」
「君は確か……。テュトの子守を頼んだシスターだったか?」
「はい、パンネと申します。お帰りなさい、ディアナ様」
「そうか、ご苦労だったな。これを取っておきたまえ」
私はそういうと、銀貨を1枚、シスターに渡した。
「私からの心づけだ。正規の報酬は教会の方から支払われると国王殿が言っていた」
「銀貨1枚?! わあー! 助かりますっ!! 末端シスターの給料って安くて安くて。しかも、正規に報酬まで受けられるんですか? 子供の面倒見るのなんて面倒臭いって断らなくてよかったー!!」
このシスター、パンネは有難そうに、自分のコイン入れに銀貨をしまうと、一本の串焼きを私に勧めてきた。うむ、この肉の見た目と香りは、ビーストラビットか。
「いや、私は遠慮しておく。それよりも、その肉はどこで手に入れた? 市場で買ったのか?」
「いえ、最近というか。ディアナ様が戦陣に立たれている間、テュト君と私は草原で魔物狩りをして経験を積んでいたんです。その副産物というか。そんな感じです。ウルフェンドッグの毛皮を売って、小金にもなりまして。最近はお小遣い稼ぎみたいな感じで草原に出ては狩りを繰り返していたのです」
「ふむ。まあ、それはいい。テュトにも大きな外傷は無いようだし。いい訓練になったことだろう。ビーストラビットもウルフェンドッグも繁殖力は強い。多少狩られたところで根絶やしにはならんしな」
「? ディアナ様、魔物って、自然発生する怪異のようなモノではないのですか?」
「パンネ嬢。そんなはずが無かろう。肉体を持つ生き物は、正当に肉体を持つための手順を踏まねば産まれぬよ。まあ、簡単に言うと生殖活動をしなければ魔物と言えども数は減る」
「そうなんですか……。教会では、魔物は悪しき者の使いゆえに、駆逐すべしと教えられているのですが……。考えてみれば、魔物がいなくなったら魔物狩りで生計を立てている人間が大勢失職いたしますしね」
「それに、魔物からとれる牙や爪や毛皮。それに、人間に魔力をもたらす魔物の肉も食えなくなることになる。魔界と人間界が別れつつも、その双方の行き来が限定的にある理由はそこらへんだろうな」
「まあ、ですね。教会内の争いで殺された人間は、悪魔憑きになったから殺した、とか。世界が貧しくなるのは魔族のせいだ、とか。教会は何かと魔族に罪を
このシスター。自分がその教会の末端なのにも関わらずに結構教会のやり口に異論があるようだ。だが、恐らくは最末端の若い新人シスターであるために、上手く保身するためにこのようなことは教会では口走らないのだろう。
「まあ、教会も様々な思惑の入り混じるところだからな。教皇の暗殺などは、しょっちゅう起こっているではないか。ここ1000年の間にも」
「はい。歴史の教科書を開くとそんな事ばっかり書いてあります。神意に近いところにある人間は、自分の言葉が神託として受け取られるために、神託を捏造してしまう事も多々あります。人の欲とは、凄まじいものだと思います」
「うむ。とりあえず、ご苦労だった。今度私が仕事を引き受けた際には、テュトの子守をまた君に頼むかもしれん。その時はよろしくな」
「はい、ありがたいです。テュト君、結構聞き分け良くて、お世話するのに手間取りませんでしたから楽な仕事でした」
パンネはそういうと、鞄とコートを持って玄関の方に向かった。
「パンネさん、また今度色々教えてね。冒険の事」
「テュト君。私もそこまで、冒険に詳しいわけじゃないのよ。そう言ったことは、ディアナ様に教えた貰ったほうが確かよ?」
「でも、初めて魔物狩りに連れ出してくれたのはパンネさんだから。ありがとう、本当に。ビーストラビットの命を奪って、肉を食べた時。体に宿った体力や魔力を感じて、ああ、人間は食べた命の分だけ立派なことしないといけないんだなぁって。そんな事を思ったよ」
「そっか。よかったね、テュト君。じゃあ、私。帰るわよ? ディアナ様はお疲れなんだから、テュト君、ちゃんと色々お手伝いするのよう? くすすっ♪」
パンネさんは、そう言い残すと玄関から出て行った。
「私がいない間に、良い経験を得たらしいな。あのシスターに感謝しなければな」
私は、そんな事をテュトに聞こえるように呟いた。
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