5話 隣国の侵略

「ディアナ殿。困ったことが起こった」


 王宮に出仕すると、いきなり曇った表情の国王テバスにそう言われた。


「何事が?」


 私が手短に聞くと、どうやら現在交戦中の隣国ガエルド王国との間にあるテルアーブ王国の要塞がとうとう陥落したとのこと。地理的な要衝ようしょうであるその要塞を取られると、テルアーブ王国は敵に主導権を奪われ、国内各地を踏み荒らされる可能性がある事。などなどであった。


「あの要塞から国内に繋がっている街道は3本。今回こちらに向けられている敵兵数とこちらの国の総兵数は、ほぼ同等だが、敵に都市を奪われて城郭を盾に取られての戦争はこちらの不利だ。その上、都市に貯蔵してある資源や、税収を奪われるうえに国内の民も傷つくことになる。どうした物か……」


 悩み深げな国王テバスに、魔導師団長兼参謀のアクエスが意見を呈する。


「ガエルド王国は、物理的な戦士メインの武力を誇っている鉄の国です。自然、魔導や魔法を軽んじ、精霊の加護も薄いと思われます。わが魔導師団を1つの道に配置し、わが国の騎士団を1つの道に配置することで、充分に対応できると思われます。ただ、怖いのはその2つの道を外れた3本目の道を敵が選ぶ可能性がある事だけです」

「そこまでは、他の参謀と話してまとまってもいるのだが。兵数を三つに分けると、装備や戦闘経験の多寡たかの問題で、勝つことが難しくなるのだ。そして、こういう博打を打つ場合の悪い予感という物は大概当たる。何か、3つ目の穴を埋める存在が欲しい」


 これはこれは。もう、結論は出ているような眼で重臣一同が私を見つめる。


「詰まるところ、軍隊1つ分の働きを私に期待されているという事か?」


 遠慮なく私はそう聞いた。


「済まないがそういう事だ、ディアナ嬢。我が国は貴女にそれほどの厚遇はしていないがゆえに、断りたくば断っても構わない」


 アクエスが、奥歯を噛み締めて腹を据えたような表情でそう言い放った。


「んー……。そう潔い態度を取られるとな。魂持つものとしては、呼応せざるを得ない。良かろう、私が3つ目の穴を埋めようではないか」


 魔界を統治していたがゆえに、恐れるものなど何もない私は、何の気なくそう言い放ったが。


「おお……! なんと感謝してよいのか……!!」


 国王が頭を下げかけたので、私はそれを制止し。


「感謝は、戦争が終わったのちの事だ。とにかく、敵方に要塞を奪われたままの状態というのは良くはない。どの道に敵が現れたとしても、3隊合流してその兵力を以って要塞を取り戻そう。その要衝を取り戻しさえすれば、また国内に平和が戻るというワケなのだろう?」

「そういう事になるのだ。だが、撃退するだけでも難しいというのに、要塞を奪い返すなどということが出来るのか? ディアナ殿よ」

「敵が全兵力で侵攻してこないならば、国内で処理しやすくなる。全兵力で侵攻してくれば、要塞ががら空きになる。そう言った簡単な理屈だよ。ポジティブに捉えればな」

「確かにそれはそうなのだが……。余りに楽観的すぎるのでは?」

「悲観に染まって勝てる戦はない。だが、楽観に染まって勝てる戦もない。要は平常心だ。算盤そろばんで計算しても同じことだろうに」


 そこで、アクエスが口をはさんできた。


「ディアナ嬢。戦争はチェスや将棋とは違う。ボードゲームは戦の基本知識をくれるが、実際の戦はその上に立っている。算盤で戦は出来ない」

「ふむ。それはよくわかる。戦機や士気、また、地形条件。補給や装備。そう言った物をいちいち数値化は出来ないからな。生の戦場には、様々な怪異が現れる。それを叩き潰して勝利をもぎ取るのが戦の本質と言えるかもしれぬ。だが、算盤は戦場の設定の役には立つ。算術士を活用して戦の勝利をもぎ取る国も存在する」

「……要するに、理と力の両面で敵をねじ伏せろと仰っているのか?」

「そういうことだ」


 アクエスは、基本的に精霊信仰の魔導師的な思考や感性を持っている。ゆえに、全てが理詰めだとは思えないという反論をしてきたのだし、私もそれは尤もだと思う。ただ、理で詰められるところまでは詰めて、その上で信仰心や気力や精神力の出番がある物が戦だという認識を私は持っている。


「……いずれにしても、アクエス率いる魔導師団、私が率いる王国騎士団、そして、ディアナ殿が単騎で敵に相対する。この3段構えで敵を迎え撃ち、更には要塞を取り戻そう。会議は終わりだ。各々、戦の準備に入れ」


 国王テバスはそういうと、会議の終了を示すように奥に下がった。

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