3話 テルアーブ王国

 草原地方の中で八方向に向かって街道を広げている大型の城郭都市。それが、テルアーブ王国の首都、テリルアブル市だった。この構えの都市は、商業取引で財を成しているパターンが多い。

 私とテュトは、門衛に賄賂を渡して中に入った。何しろ、魔族の私には人間の通行証などを手に入れることは出来ないのだから。そして、それは孤児のテュトにも言える事らしく、賄賂を少し多めに要求される破目になった。


 ともあれ、テリルアブル市に入ることはできた。私自身は特に目的もなく、魔界を追放されたので人間界をうろつきまわっていただけなのだが、テュトという「勇者になる」という目的を持った人間と一緒になったことで、私は一時的に仮定住をした方がいいのではないかと考えたのだ。


 まずは、不動産屋を探して部屋を借りることにした。だが、私には身分証なるものがない。どの不動産屋を回っても「正体不明の人間に貸す家はない」と断られてしまう。

 私はしばし考えて。テュトを連れてテルアーブの王宮に向かった。


「何者で、何用か?」

「宮殿には素性が定かでないものは入れられぬ」


 案の定、王宮の前の門衛に道を阻まれた。


「王君にお会いしたい。有能な魔導師が仕官を申し出に来たと告げてくれ」

「む……。国王陛下は御多忙である。魔導師の仕官ならば、魔導師団長に話を通す。暫し待たれい」


 門衛が何人か集まって、そのうち一人が王宮の中に入って行く。


 待つこと二時間。

 その男は王宮の入り口から出てきて、爽やかな笑みを見せて。こちらに手を振って歩み寄ってきた。


「やあ、君かね? 自称、凄腕の魔導師さんとやらは」


 その男は、結構胆が据わっている事がわかる。何しろ、人間に擬態しているとはいえ、元魔王の私の瞳を直視できたのだから。


「いや……、失礼。お名前をお伺いしたい」


 こちらが答える前に、向こうがいきなり態度を改めた。まあ、魔導師間にはままある事なのだが。戦ったり実力を見る前に、いきなり相手の力量が掴めてしまうことが。この魔導師団長は、私の事を自分よりも格上の魔導師だと見定めたのだろう。


「ディアナという。流浪の魔導師をやらせてもらっているのだが、この子供を拾ってね。成人するまでは面倒を見ようと思い立ち、この国の環境ならば良く育ってくれるのではと思ったのだ」

「ディアナ嬢。貴女の目を見ただけで分かったのだが、貴女はこの私、テルアーブ王国魔導師団長のアクエス・ヒュールよりも遥か上位にある。魔導師としての格がね。ぜひ、国王陛下に推挙したい。殿上に御同行願えるか?」


 魔導師団長、アクエスは急に態度を引き締めてそう聞いて来た。無論、引き受ける。そのために私はこの王宮に足を運んだのだから。


「ありがたい。我が国の魔導師団の貧弱振りは近隣国家群の中でも有名でね。貴女のような化け物じみた内蔵魔力を匂わせる魔導師がいてくれれば心強い。私についてきてくれ。すぐにでも国王陛下との謁見の席を設けてもらう」


 アクエスは私が何者なのかも問わず、また、余り綺麗とは言えない格好をしたテュトを伴う事も構わず。私を王宮に入れ、玉座の間まで先導していった。


「アクエスよ、この女性はただものではないぞ」


 国王の第一声はそれであった。


「はい。故にお連れしました。恐らくは、現魔導師団全員の魔力を以ってしても、彼女一人の魔力には及ばないのではないでしょうか」

「そんなものを抱え込んで。我が国はその女性に乗っ取られはせんか?」

「恐らくその心配はないかと。彼女の心理状態からは、『野心』という物が見えませんでしたから」

「……隣国の圧迫が年々強くなる中。切り札としての強力な魔導師を抱えられるというのは実に魅力的な状況なのだがな。その女性は、仕官の代償として何を求めるというのだ? アクエスよ」


 そこまで、アクエスと国王の会話を聞いていた私は、口を開いた。


「適度な給料と、この国の在住権。その双方を頂ければ、私からは特に求めるものはありませぬよ」


 それを聞いた国王とアクエスは、意外そうな顔をした。


「そんな待遇で良いのか? 貴女ほどの魔導師ならば、他の国でも引く手あまたであるというのに」


 アクエスはそういうが、私は退屈してきてこう答えた。


「縁という物だろうと思う。この少年を拾って、最初に行きついたこの国で。過去経歴を問わずに雇ってもらえるとするならば、特に言うことは無い」


 国王は暫し考えたのちに、口を開いた。


「ならば、だ。貴殿は客人顧問という言う立場に立っていただきたい。私の王政を見て、意見あらば言ってくれ。私も父の跡を継いでたかが五年の若輩者。何やら貴殿からは長年王座にいたかのような凄みも感じる。王としてのわが師になってはくれまいか?」


 ふむ。人間に擬態していても、色々とわかってしまうものだな。

 私は魔王として長年にわたって魔界を治めてきた。

 その匂いが、少々出てしまっているのかもしれない。私はそう思いつつも。


「お役に立てる範囲でなら」


 と、少し謙虚に答えた。何しろ、私には人間界征服などという、くっだらん野心はないのだから。

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