第5話 官邸襲撃および誘拐未遂顛末と事後処理について
日時:皇歴2466年7月28日午前11時頃
場所:宰相官邸別館
状況:使用人との居住区画である別館南棟の1階と3階、北棟1階、2階に爆発物が投擲され各階の部屋の一部が大破。北棟の一部には火災も発生。警鐘を鳴らし邸内の人員は避難を開始。別館には非番の使用人の救助活動を実施。失火も確認されたため消火活動実施。
本館では宰相夫人とそのご子息2名の保護を優先。破壊行為継続を懸念し周囲の捜索を実施するも周辺に怪しい者の姿は見えず。執務補佐官の協力もあり本館の人員に怪我はなく全員の無事を確認。
救助に向かった衛兵による避難完了と消火活動については問題ないと別館から避難してきた者からの伝言を受け取る。
警戒レベルを下げ、別館は現場検証のため封鎖。警備の再配置および騎士団へ報告を実施。騎士団への報告は隊長が一人で赴き行うとのことで現場指揮権を副隊長に譲渡。そのまま本館の警護態勢を維持。発生から4時間が経過し第1報から報告がないとのことで宰相殿下が官邸にお戻りになられた。口頭で経緯を説明し終えると、赤ん坊とその母親はどうしたかと尋ねられたが本隊では把握していない旨を説明。宰相殿下が別館へ走られたため私と騎士団を含めた数名が後を追う。宰相殿下は南館の3階へ向かわれ、そこで女性1名と乳児1名を発見。乳児は気を失い命の別状なし。母親とみられる女性は爆傷により既に死亡していた。また周囲には本隊員2名に賊と思わしき人物4名が麻痺状態で発見された。
経緯:確保した6名の男たちは強力な魔法縄で拘束されていた。本隊員に扮していた2名は賊の仲間であり、行方不明の隊長についても賊の一人であることが判明した。
発生時、別館には非番の使用人が数名いたが爆発音ですぐにロビーまで避難。賊に扮した隊員に本館の避難場所へ行くよう促され、避難完了と消火活動についは問題ないことを本隊へ伝言するよう依頼された。この伝言を複数名が同時に聞き、それを鵜吞みにして確認せずにいたことで母子2名の発見が遅れた。
「ギルド所属 警備隊副隊長の顛末書から抜粋」
カエラムが官邸ではなく、王城内の執務室で業務に追われているのには訳がある。議会や租税制度などの内政改革、隣国との国境問題や貿易摩擦、連日激化するテロ対策など多岐にわたる案件を関係各所と調整や指示を行い進めるためだ。
優秀なこの男は膨大な執務を事も無げにこなしていく。しかし普段は集中力の高いこの男が、この日ばかりは落ち着きなく執務室の出入りを繰り返す。
宰相官邸襲撃の第1報から続報が来ないことに不安を募らせていた。
襲撃されたのが本館ではなく“別館”であったためだ。
――シエルたちは無事だろうか……
本館でもなく自分自身でもないところに意図したものを感じる。
普段は見せない明らかな動揺ぶりに周囲も戸惑っていた。
「ご心配のようでしたら騎士団を連れてお戻りになられてはいかがでしょう?」
第1報では『別館4箇所に爆発物を投擲され外壁が破損。失火も見られたがすぐに鎮火。館内の住人は全員避難し怪我人はなし。現在は官邸の周囲を捜索中』との内容であったが、第1報の確度は低い。そもそも第1報でここまでの情報が入ることが不思議だった。
「う、む……」
大規模なものや連続性があれば対策室を設けて対応する必要がある。ましてや重要施設に対してであれば尚更だ。
カエラムは家族のことといえども宰相としての責務の方が大事だと考えていた。
――シエルの秘密を知られるわけにはいかない
カエラムの隠し子として一部の信頼できる人間には明かされているが、公になれば失脚の恐れがある。
過激派に至っては見せ締めのために危害を加えようとさえしてくるだろう。
現実に襲撃を受けているが犯行声明がない限り断定もできず、イライラは募るばかりだった。
「失礼する」
ドアのノックに応える前にがっしりした体格に質素な鎧を纏った男が入ってきた。
続報か? と執務室の全員が期待する。
「緊急にて無礼をお詫びする。これより王国騎士団より一分隊を宰相官邸へ出動させる故、宰相閣下に許可をいただきたく参上いたしました」
事態が悪化しているのかと背中に冷たいものが流れる。
「現地の守備隊からもこちらからの斥候も連絡がなく非常事態と判断。できましたら宰相閣下にもご同行いただき指揮を執っていただけますでしょうか」
焦りでパニックになりそうになる。カエラムは大きく息を吸い、目を瞑ってゆっくり吐き出す。家族に対して危害を加えられることやシエルの存在が露見することは覚悟しているつもりだったが、いざとなれば身体が震える。
「街に混乱は起きておりません。故に異常であると判断いたしました」
大柄の騎士の言葉に少し冷静さを取り戻す。
――シエルを狙った可能性が高くなったな
「わかった。官邸への出動を許可する。私も同行しよう」
「では、直ちに」
大柄の騎士に連れられ執務室をあとにし、早足で馬を待機させている騎士団の駐屯所へ向かう。
「閣下、心中お察しします。が、ご自分の目で状況を見られた方が良いでしょう」
「ああ、すまないパラディス騎士団長」
大柄の男は騎士団長でありカエラムとはいわゆる先輩後輩の間柄である。
カエラムが信頼する一人であり、シエルのことも聞かされている。
よく人を見ていて公平に接する穏やかな人物であり、周りの評判も良い。ただの優しいだけの男ではなく、剣術以外にも弓術や馬術など武芸に秀でる。魔法学や薬草学などにも明るい文武両道の傑物である。
先輩であるカエラムを尊敬しており、幼少の頃からよく後を追っていた。だからこういう場面で自分の意思を尊重しない性格も良く理解していた。
「分隊の出動に許可など必要ないことは皆わかっているのに、何も言わずに送り出してくれたのです。さあ急ぎましょう!」
数名の騎士を率いて急ぎ官邸へと馬を走らせた。
カエラムは官邸に到着し、警備隊副隊長から状況説明と全員無事との報告を損壊した別館を見ながら聞いていた。シエルとアンがいる部屋あたりの壁に大きな穴が空いている。
——無事なのか? 怪我などしていなければよいが……
被害状況にけが人はなしと言われたところで、改めて赤ん坊とその母親は無事かと尋ねてみた。
「え? 避難した居住者の中に赤子もその母親も見当たりませんでしたが……。不明者の確認を行った際も上がってきておりませんし……まさか!?」
背中を冷たいものが走るのを感じた。気が付けば別館の方へ走りだしていた。
騎士団長パラディスも後を追い、警備副隊長も隊員を連れて続いた。
——二人にもしものことがあれば……私は!
館内は爆撃の衝撃により花瓶や照明などが落下し散乱していた。爆撃を受けた付近には魔法石で消火された跡がいくつか見られた。威力は壁を破壊する程度のものだが4発も同時に受けたため直撃を受けなかった場所でも大きな地震ぐらいの衝撃が瞬間的に発生していた。
「アン! シエル!」
母娘の部屋にたどり着き、異様な光景に目を疑った。
壁には大きな穴が空き、部屋の調度品は吹き飛ばされていた。隣の部屋との間で爆発したようで部屋を仕切る壁も吹き飛ばされていた。むしろ隣の方が損壊は大きいようだった。
部屋には数人の男が魔法縄で縛られ気を失っていた。中には警護隊員も含まれていることに一層混乱する。
当たりを見まわし、横たわる人影がアンであるとすぐに気が付き駆け寄った。
「アン、しっかりしろ!」
眠っているシエルをその胸に抱くように倒れていた。
——無事だったか!
眠っているシエルを先に保護し後を追ってきたパラディスに預ける。
アンは少し笑っているようにも見えた。しかしその口元から息遣いは感じられなかった。
身体から抜け落ちた何かを、全て誰かに預けてしまったかのようだ。
少しずつ温もりが薄らいでいくアンを抱きしめたままカエラムは嗚咽した。
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